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雪の名は(2013)

雪の名は
Saven Satow
Jan. 14, 2013

「雪は天から送られた手紙である」。
中谷宇吉郎

 2013年1月14日、東京にも雪が降っています。日本語には、雨の呼び名が多いとしばしば言われます。一方で、雪のそれはあまりないとされていなす。実際、東京に住んでいると、初雪や名残雪、万年雪、みぞれくらいです。

 東京は、冬期、世界で最も乾燥する都市です。晴天が多く、雨さえも数えられる日数しか降りません。夏は高温多湿冬は低温低質の東京は、どの欧州都市よりも日照時間も長く、太陽光発電には恵まれた環境があるのです。

 けれども、雪とつきあわなければならない東北地方では雪の呼び名が結構あるのです。

 太宰治は『津軽』の冒頭に「津軽の雪」として次の七つを掲げています。原文はひらがなですが、それではわかりにくいので、()に漢字を補います。

こな雪(粉雪)
つぶ雪(粒雪)
わた雪(綿雪)
みづ雪(水雪)
かた雪(固雪)
ざらめ雪(粗目雪)
こほり雪(氷雪)

 東北地方での雪の呼び名は、実は、これだけではありません。「沖上げ雪」や「ドカ雪」「細雪」などまだまだあります。「綿雪」は「牡丹雪」が一般的であるように、各地域特有の呼び名もあるでしょう。イヌイットほどではないとしても、東京で想像するよりも多いのです。

 雪の呼び名の違いは文学を始めとして豊かな表現を生み出します。ただ、それだけでなく、実用性もあります。自動車の運転の際に、雪質を認識することは重要です。粉雪は低温の時に降ります。軽い雪ですから、これだけなら運転は困りません。しかし、水っぽい雪の牡丹雪が夜に入って気温が下がり、粉雪に変わったら、注意が要ります。凍結した路面の上に粉雪が振ると、非常に滑りやすくなるからです。

 1936年、中谷宇吉郎北海道帝国大学教授は、世界初の人工雪製作に成功します。雪の結晶の研究を地道に続けた後の快挙です。それは気象条件と結晶が形成される過程の関係の解明につながります。雪国における雪の暗黙知を明示知にしたとも言えます。明示化できれば、雪をめぐる認識の拡張・発展が可能になります。

 雪のみならず、対象の細分化を見るだけでも、その言語の自然的・文化的背景を理解することができます。英語では牛の呼び名が細分化されています。牛が英語圏お社会に深く根ざしている証左です。一方、日本語には出世魚という考えがあります。「おぼこ」や「とどのつまり」という言い回しがありますが、いずれもオボコ=イナ=ボラ=トドと成長するにつれて名前を変える同じ種類の魚です。魚が日本の社会に身近なものだという証です。

 人は、なじみ深くなると、対象を細分化して認識します。さして詳しくもない人にはどれもこれもスマホですが、好きな人にはiPhone5とGALAXY NEXUSの違いは明確です。前者は区別できなくても、困る意識がありませんから、概念だけで十分なのです。一方、後者は親しんでいるため認識が深まっているので、個別性の把握が必要になります。これは子どもの言語獲得の過程にも見られます。

 細分化はその知識が使う人にとって身体化されていることを意味します。それを意識的に行うと、自分が見えるようになるものです。太宰治が故郷の津軽について自伝的に書こうとした時、雪の名を問い直したのは、おそらくそんな理由もあるのでしょう。
〈了〉
参照文献
太宰治、『太宰治全集第6巻』、筑摩書房、1990年



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