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偽善者

 昔々、下町の住宅街に交通整理のおじいさんがいました。おじいさんはボランティアで道行く小学生のために毎日、毎朝、横断歩道に立ち、旗を持って交通整理をしていました。駅前に通じる住宅街、細くて狭い道にあるその信号は事故が多いのです。信号を無視するサラリーマンや大人の人もしょっちゅうおじいさんに笛を吹かれて怒られていました。一車線でほんの数メートル、車がいなければヒョイっと渡れる横断歩道です。少しやり過ぎではないかと住民も呆れていましたが、でもそれはルールを守るため、そして子供を守るためです。遅刻しそうだとキレるサラリーマンを小学生が笑っていました。

 しかしそのおじいさんが死んでしまいました。しかも理由はその横断歩道での交通事故でした。住民はみんなとても不思議に思いました。人一倍正義感が強く、絶対にルールを守る人です。曲がったことがきらいな人です。そんな人が交通事故で亡くなったのですから。警察官がこう言いました。

「ああ、あのジジイか。暴走した車に轢かれたんだよ。ちっ、あのジジイ、信号だけ見て車見てねえんだよ。あそこの信号は車から見づらい場所にあって、信号を過信すると危険なんだよ。勝手に交通整理すんじゃねえって散々注意してたんだけどな」

 おじいさんが死んでからなんとぴたっと事故がなくなりました。信号を無視する人は相変わらず多いですが、しかし彼らはちゃんと車を見ているのです。無視することがいいと言っているのではありません。青は「渡れ」ではないということです。それを決めるのはあなたたち自身ということです。信号がなんのためにあるか、それがわからないおじいさんがいなくなり、街に平和が戻ってきました。これでサラリーマンの遅刻もなくなりました。めでたし、めでたし。

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