寅さんになりたい。その5

高校時代、タイソンというあだ名で呼ばれていた。
髪質がくせ毛で、親にくせ毛であることの証明書を学校側に書いてもらっていた。そんないきさつもあり、手入れが面倒くさかったこともあり、短めのスポーツ刈りにしていた。
短いチリチリ頭。そう、当時人気だったボクシングのヘビー級王者、マイクタイソンの髪型みたいだった。
しかも、頭の形や小さな目も似ていて、おまけに背も低いので、自分でもタイソンの雰囲気あるなぁ、と、自覚していた。
マイクタイソンは好きだったので、自分的にはまんざらでもなかった。

高校二年生の頃だったか、友達とクリーニング屋さんの洗濯工場で短期バイトをした。
衣類のタグ付けや、ズボンのプレス機の操作などをしていた。
そのバイト先の先輩に、確か2つぐらい年上の女性がいた。
髪が長く色白の、親しみのある清楚かわいい感じの女性。
僕の高校時代一番好きになった女性、Iさんだ。

Iさんは一見大人しそうだけど、とても気さくな人柄で、人見知りする僕でもすんなり話せた。
いろいろ話したけれど、お互いの趣味である音楽の話をよく話した。
多分、僕は当時むっちゃハマってた、尾崎豊の話を一人で熱く語ってたと思う。
Iさんは、米米CLUBや崎谷健次郎が好きだった。米米CLUBのコンサートによく行くと言っていた。
コンサートに行ったことのなかった僕は、彼女の話を興味津々で聞き、コンサート連れて行って下さいよ、と、お願いしたりした。
彼女は、むちゃくちゃなるから一緒によう行かんわ、と、ただ笑っていた。
僕の知らない景色を知っている彼女に、僕は大人の女性の薫りを感じていた。

結局、彼女とコンサートに行くこともなく、バイト期間も終わり、彼女とは会えなくなった。

彼女が僕に残したもの。
今まで聴いたこともなかった、崎谷健次郎の、もう一度夜を止めて、という歌を覚えたこと。

そのメロディーは、彼女の影をちらつかせながら、切なく響いた。

#恋愛エッセイ