寅さんになりたい。その7

生まれて初めてコンサートに行った夜。
その夜は不思議な夜だった。
あれは幻だったのだろうか?
今でも時々そう思う。

あれは働き始めた頃、まだ、18、9才ぐらいのときだった。

初めてのコンサートに行こうと決めたのは、コンサート当日のお昼だった。
友達から今日の夜、RCサクセションのコンサートがあると聞いた時だった。
何故その時、初めてのコンサートにそれも1人で行こうと思ったのか、今でも分からない。

当日券があるかも知れない。
そう思った僕は、当時の厚生年金会館へと向かった。

夜のとばりの降りた、厚生年金会館の前にある公園は、人だかりが出来ていた。
僕は当日券を買おうと会場近くまで行ったが、当日券は完売しました、と係りの人が拡声器で何度も繰り返し言っていた。
どうしたものか、と、公園に戻りベンチで佇んでいた。
すると、20代中頃ぐらいの女性2人組が、僕に話しかけてきた。

友達の1人が来れなくなって、チケット余ってるから、買ってくれない?

彼女らは、そう言ってくれた。
思いがけない言葉に、僕はびっくりしたけれど、もちろん二つ返事で答えた。
そうして、僕は晴れてコンサート会場に入ることが出来た。

初めてのコンサートで、乗り方も分からず戸惑いながらだったけれど、とても楽しい時間を過ごした。

コンサートも終わり、僕は彼女たちにお礼を言って帰るつもりだった。
すると、彼女たちは、近くで夕食を食べに行くので、一緒にどうか、と、誘ってくれた。
いいんですか?と、戸惑いながらも、行きます、と返事した。

厚生年金会館から最寄駅へ向かう途中に、その店はあった。
何の店か覚えていないが、こじんまりした店だった。
僕が、RCサクセションの初めてのコンサートだった事は、チケットを買う時に話していたので、RCサクセションのことを色々と話してくれた。
とても楽しかった。
僕はまたひとつ、新しい扉を開いた気がした。

帰りがけ、電車に乗る前、次回のコンサートも、入り口前で集合な、と、彼女たちは言ってくれた。
はい!と、僕は答えたが、それが彼女たちと話した最後だった。

あれからいくつもコンサートやライブに行っているが、あんな出会いはなかったし、今後もないだろうと思う。
だって、僕はひどく人見知りなのだ。
あの夜のことは、本当に幻だったかのように思う。

音楽の神様か何かがくれたおとぎ話のような、そんな夜だった。