寅さんになりたい。その8

運命という言葉を好きか嫌いか?
今の僕は嫌いである。

多分、どんな事も偶然起こる。意味付けするのは人間だ。だって、どんな出来事も最初から決まってるなんて嫌なのだ。
だけど、昔の僕は運命という言葉が大好きだった。どんな出来事も、運命に結びつけるのが得意だった。

初恋の女の子Yさんを好きになったのも、運命なんだ、と思っていた。
僕が幼少の頃、本当のお姉さんのように慕っていた女性とYさんは、実は下の名前が同じだった。
僕の大切な女性は、同じ名前の運命なんだ。そう思うと、その事がよりYさんへの想いを強くした。

高校を出て就職した僕は、しばらくYさんと会うことはなかった。
しかし、いつ頃からか、時々同じ時間のバスに乗ることがあった。
Yさんは急いでいる様子だったので、多分、彼女が寝坊した時と、僕の通勤のバスが同じ時刻だったのだろう。

時々は挨拶ぐらいはしたが、朝の通勤時刻なので、話し込むこともなかった。
しかし、いつからか僕は思っていた。
彼女と遊びに行きたいな、と。

そうして、僕は初めて彼女の家に電話した。
彼女を遊びに誘ってみたが、あまりいい返事はもらえなかった。
だけど、僕は諦めきれなかった。
というよりは、何かに背中を押されるように思っていた。
彼女に想いを伝えなければ、この先には進めないんだ、と。

あの時の僕は、甲子園出場のかかった試合前の球児ように、J1昇格のかかった試合前のJリーガーのように、ものすごいプレッシャーを感じていた。

ダイアルする指が震えていた。
電話番号を途中までダイアルして切ってしまう。そんなことを何回か繰り返した後、ようやく意を決して、彼女の家に電話をかけた。

彼女が電話に出た。
僕の心臓の高鳴りが最高潮に達した。
しばらく言葉は出なかったが、ようやく言葉を絞り出し、前から言おうと思ってたんやけど、と、言ったところで、また言葉に詰まった。
心臓の鼓動が耳の中で響き続ける。
前から、す、す、好きやってん…。

ついに言ってしまった。
後戻りはもう出来ない。
裁判の審判を待っているような心境だった。
少しの沈黙の後、彼女は、
さわちゃんには、もっと合う人がおると思うで、と、僕の告白をやんわり断った。
完敗である。

電話を切った後、試合後の選手みたいに、ナイスファイト、と、言いあいたいぐらいの爽やかさだった。だけど、手はまだ少し震えていた。

そうして、僕の初恋が終わった。

それからも何回かバス停で顔を合わせたが、なんとなく話さなくなっていった。
いつからか、彼女の顔すらも見かけなくなった。
結婚でもして、町を出たのかもしれない。

これが、僕の初恋のお話。
決着が着くまでに長い年月をかけてしまった。
もう、こんなにも誰かを想い続けることもないだろう。
いつか、運命の人とやらに出逢うまで。

僕に運命の人を連れて来ない運命を、僕は嫌いである。