寅さんになりたい。その6

雨が小降りになった帰り道、初恋の彼女とすれ違う。
駅前のロータリーの歩道を、自転車を押して彼女は歩いていた。
駅から出てきた僕の横を通り過ぎる時、僕に気づいて話しかける。
もう傘使わんから貸したるわ、と、傘のない僕に言うと、自転車に乗って走り出した。
黒色に黄色いヒマワリの花模様が散りばめられた傘だった。
その傘の模様を、何故か今でも覚えてる。

高校三年生の梅雨頃だったか、僕は初恋の女の子Yさんと偶然すれ違う。
その頃は、Yさんのことを考えることもなくなっていた。
僕は僕の、彼女は彼女の高校生活を送っていた。

運命なのか偶然なのか、彼女に傘を借りたその日から、僕の恋の炎は再び燃え出した。
と言っても、皆さんお気づきだろうけれど、僕は超のつく奥手だったので、電話するなどの連絡の取り方を全く考え付かなかった。
それから、しばらくは、彼女と会いたいがために、夕方の近所を徘徊していた。
今ならきっと、職質されるであろう行動だ。

結局、彼女と偶然?出会うこともなく、彼女の家に傘を持っていき、お母さんに事情を説明して傘を返した。
そうして、僕は再び彼女への気持ちを胸に秘めることになる。

その時のことは、今でもよく覚えてるのだけど、その後、お互い高校卒業を控えたある日、どういう訳か彼女と再会して、卒業後の話を立ち話したいきさつが何故か思い出せない。

彼女は、将来薬剤師になるための専門学校に行くと言っていた。
僕はその時は公務員の試験を受けるつもりだったので、そのことを話した。
恋の話なんて全くなかったが、僕は彼女と話せて、とても嬉しかった。
それだけで、充分幸せだった。
ただ、彼女と話せる機会が、この先ずっと続けばいいな、と思ってた。

次に彼女と会えたのは、お互い就職した後だった。
ただ、もう、こんなに話し込むことはなかった。
初恋は静かに結末に向かっていた。