コミティアで15年間毎回本を作って、この前電子書籍を初めて作ってみた話

コミティアが好きです。

好きで15年間サークル参加を一度も欠かすことなく通ってます。

僕はドイスボランチという名前のサークルで文芸ジャンルで毎回コピー本でもいいから新刊を出すという呪いみたいなものを自らに課し、今では「コミティアの地縛霊」みたいなサークルをやっています。

僕が長くコミティアにサークル参加できているのも、いつも僕のスペースで売り子してくれているイケダ君のおかげで、彼は文句も言わずに校正とスペースで頒布をしてくれるというありがたい存在で、彼がいなかったら僕は自分の作品が一冊売れて行くたびにごめんなさいという気持ちになってしまうダメ人間なので、ここまで15年間もサークル活動なんかできなかったと思います。

毎回新刊といっても最近は便利なキンコーズで製本した20ページぐらい(大体いつも2万字弱ぐらいかな?)のコピー本を20部ぐらい作ってそれを置いて、開幕と同時に席を立ちコミティア新刊探しの旅に出て、全部の机を見るため(壁は諦める)開場から2時間くらい机に帰ってこないのですが、よく何しにコミティアにサークル参加してるのと聞かれるたびに「俺以外の人が作る面白い本が読みたいからに決まってるだろ!」と逆ギレしてます。(真面目なダミーサークルみたいなもんですね)

とはいえ毎回数万文字の文章を書いて少ないながらも手に取って頂けてるようで、本当にありがたいやら申し訳ないやらで、ちょいと前(5年ぐらい?)にはP&Rというコミティア内で発表された作品の感想を集めるコーナーでインタビュー記事で紹介されるという人生の絶頂みたいな時もありました。(文芸で取り上げられて頂けるのは珍しい事で、これも表紙を友達のあらゐけいいち大将に描いてもらったりと姑息な事をした甲斐があったというものです、ちなみにインタビューで10年近く一回も欠席せずに毎回出て新刊出してる人はさわださんぐらいじゃないですかね?って言って貰って自分の暇人度は凄いなあと思いました。あと「文芸でP&Rのインタビューって後は川原礫さんくらいですかね・・・」っと言っていたのを聞いて「川原礫って誰ですか?」って素で聞き返した事を思い出しました)

感想を貰うのは嬉しいしそれを励みにやってきたところもあるのですが、最近はあまり感想もらうよりも、なんとなくコミティアに出たいなあと思いながら毎回文芸のコピー本を作っています。(毎回僕が席にいない時に感想を伝えに来てくれる方には土下座して感謝したい)

思うにコミティアに飽きることなく15年間通い続けて楽しんでいるのはやはり紙の上で行う創作活動の最前線でありつづけているからではないでしょうか?

人気のある人は商業とかもっと沢山の人に触れられる場所に行ったりするけど、やっぱり毎回新しい作家が出てきて、新旧が循環して、コミティアは絶えず動いているフワフワとした場所だなあと夢見心地になりながら、2時間で全部の机回るので足の裏痛いなあと思いながら片っ端から本を買っていくのが本当に楽しいですし、勇気を出して作家さんに感想伝えられるのも楽しい(前回の本とってもよかったですくらいしか言えないけどね)。
あと壁にジョゼ・モウリーニョのお面貼ってるサークルの所に行って「いやースパーズ強いですねえ」とか「大宮はここからが勝負」や「名古屋は最近のブラジル人ガチャの引きの良さ凄いジョー」などサークルの机を挟んで世間話(迷惑)したり、panpanyaさんの本を買って「なんのゴミ付いてました?」って周りに確認したり、志村貴子さんのサークルの列に並んでいると目の前に100キロ確実に超えてそうな巨漢のポップスターが立ってたり、「今回のダミーサークル名は「リモコン大陸」だったか…」と有名作家捜しをしたり、なんでプラ板で作ったキーホルダー売ってるの?などなど毎回会場にいる事自体が面白いなあと思います。(コミティアの帰りによく聞く今井説法も大好き、一度も見てないけど極上生徒会に詳しくなれた。あとサークル挨拶に行ってクロスアンジュの話で盛り上がる時も好きです、亀さんとしたスカイ・クロラの音が良かったなあという話も好き)

でもやっぱり時代の波なのか、その新旧の循環はどんどんと拙速になっていってちょっと人気が出るとすぐに編集部に声が掛かって(今だったらWebメディアかな?)デビューしてしまう感じがしますし、それどころか元々ネットで人気が出た人が「コミティアって面白そう」という感じで始めてきて、そのまま開場前に列ができるとか、コミティアで可視化される人気や注目度というのも毎回変化してるよなあと思います。
自分もだいぶおっさんからおじいちゃんに近づいているので変化が早いなあと感じてるのかも知れませんが、やっぱり作家と読者がSNSで繋がってる時代なので、紙に落とし込まれる前に既に読者は生まれていて机に作品が並んでいる時点で何か「決着」が付いている気がします。

じゃあそんなデジタルな時代になんでお前はワザワザ毎回コピー本を作って、しかも文芸というそもそも文字を売るんだったらもっと他の方法があるはずなのにコミティアにでてるの?(そもそもスペース代とか考えると毎回赤字だしね)
と言われるとこれがよくわからなくて、いや、わからなくなってきていて、前にも書きましたが最初は感想もらったり、それこそ僕がサークル活動を始めた当初はインターネットはあってもSNSは無いし、ブログもないHTMLを手動でアップロードする時代なので感想というのが貰えるものとは思わず、ありがたいことに最初の参加で(15年前……怖い……)でP&Rで感想を頂いて、有頂天になって事が未だに忘れられないのですが、今のSNSですぐ反応が返ってきたり、逆に反応がない事がすぐにわかる時代(自惚れる事を許されないランキングされた世界)から考えるとなんとものんびりした時代でしたけど、あの頃文章書いて感想を貰えるなんて想像つかなかったから本当に嬉しかったのを今でも覚えてるんだから相当嬉しかったんでしょうね。
冷静に考えたらコミティアに来て本を手にとって、感想を書くというコミティアを楽しんでる「コミティアのプロ」みたいな人がコミティアにはたくさん居て新しい才能、人として生きるのは辛いけど紙に何かを残す才能に溢れてる人たちのポジティブな要素を拾う事に長けている人達が集まる場所だから僕の稚拙な文章にも丁寧な感想をいただけたんだろうなあと思います。(比べるのもアレですがアマゾンのレヴューとかに比べればコミティアのP&Rはヴァルハラみたいな場所です:優秀な編集の賜物ですね)

自分みたいに別にプロになろうとしてるわけでもなく(なろうとしたけど早々に諦めた、むかしあらゐさんがよく「さわださんも早くこっち来れば良いのに」っと血だらけになりながら声かけてもらった事を思い出した)、誰からも賞賛されるわけでもなく、ただ毎回コピー本を作って机に並べて、あとは売り子さんに任せて逃げる事を続けてる意味ってなんだろう? っておもわなくなくもなくないのですが、それでも作品を作るのに休日家に籠って進まない原稿を睨めっこしながらFIFA19やり始めたりするのですが、その度に作品一つ作り上げることの難しさと「でも作りたいなあ」という漫然とした気持ちとほんの少し、周りの人間に自分のペースを乱されなければなんとか紙に文字を打ち付けて自分の作品というものを作り出すことができるのです。

出来の良し悪し、面白いツマンナイの差は大小どころか富士山から日本海溝ほどの落差はあれど、作品作るとはこれ程までに孤独なのかと、世の中にたくさん溢れる面白い魂を揺さぶれる作品に会うたびに、拙いながら自分の経験と照らし合わせて「つまんねえ作品だなあ、価値もない」とは絶対言えないなあとは思ったりします。

グダグダと書いたんですけど、何が言いたいかというとこの前14周年終わっていつものコミティアのプロ集団と飯食ってる時に「これから電子書籍の時代やで!?」とえっ今更? まあ確かに最近漫画ほとんどKindleでしか買ってないしなあ、それに紙袋やリュックいっぱいの紙買った後にそれ言うの?っと思ったのですが、まあ「コミティアのプロ」が言うんだったらそうなんだろうなあと思い、電子書籍かあと思っていたら、昔コミティアで出した本のデータを上げていたカクヨムというサイトがブックウォーカーと連携して電子書籍を作って販売できる機能が実装されたというニュースを見て、物は試しだと思いやってみることにしました。

電子書籍にするんだったらちゃんとしたやつをと思って、凄い人に表紙書いてもらったり他の人にも校正お願いしたり色々と手を尽くした5年ぐらい前に書いた「宇宙おきらく所沢」という作品があったなあと思ってそれを電子書籍にすることにしました。

久しぶりに読み返して最高に良い表紙(僕よりフットサル上手い友人(若干スペ体質)に素敵な表紙を描いて貰って感謝しかない)に、当時の僕が「重力場などの宇宙論に同級生・妹・幼なじみ・お隣さんなどのラノベにありがちなハーレム要素を盛り込めば行けるのでは?」っという安易な発想で生まれたここ数年では一番好きで自分の無力さ痛感した本なんだけど、色んな人に助けられて結構頑張ってる作品なんですが、今読み返してみるとああ意外に面白いなあという感じがします。

この小説は僕がずっと住んでる所沢を舞台に書いてみたんですが、書いてた当時は所沢駅の近くにフットサルコートがあって、バカみたいに週2ペースでフットサルやっていて、下手くそすぎていじけて人工芝に蒔いてあるゴムチップで砂山を築きながらピッチの横でいじけたりと、三十過ぎた大人がやること!? っという感じでフットサルに打ち込んで居た日々を思い出します。

当時の所沢にはなぜか漫画家と漫画が好きな人達が集まり、毎月キャッキャ・ウフウフとフットサルに興じていて(ドリブルのコース塞ぐなと怒られたり、僕がゴール前に突っ立ってシュートだけ決めててパス出してと主催者にたしなめられるなど)、コミティア以外にも色んな人と話せる機会が増えてとても楽しかったなあと。

そんな楽しかった場所も元々駅前一等地で、西武鉄道の車両工場があった場所を空き地の有効活用の一角で細々とやってたフットサル場もまとめて再開発で無くなってそのフットサルコミュニティも縮小して、まだ偶にフットサルやってるけど、地元で歩いて行ける距離にコートが有ると無いのではボールを蹴る機会も減ってしまい、寂しい気持ちもするのですが、やってる時から中年なのでいつまでできるんだろうという諦めからの逆算はしてたのですが、それでも寂しいものではあります。
駅から見える再開発現場のクレーンを見て、ふとめっちゃフットサルやってた時期と、自分が好きなものを出来るだけ詰め込んだ作品を作った事を思い出しました。

改めてスマフォで自分が書いたものを電子書籍アプリで読んでなんかごちゃごちゃしてるなあと思いながら、もうちょいなんとかできたんじゃないのかなあとも思いました。

カクヨムに上げてたデータからブックウォーカー連携ですげえ簡単に電子書籍化できてビックリしました。
安易にやるもんじゃねえなあという気持ちとまあ5年くらい立つとそれなりに味わい深い作品になってる……気がするんですけどね、作者が言うのもどうなんでしょうね?

コミティアで15年ひとりでモンモンと物語を作る真似事を続けて愚かだなあと思いながら、ふと振り返れば一緒にコミティア出てくれる人、コミティアで相手してくれる人、一緒にボール蹴ってくれる人、コミティア会場の机並び手伝いでシールに書いてある数の椅子を置いてくださいよ説明きいてなかったんですか!?っと怒ってくれる人、艦これ絡めながらなんで大和が一番強い戦艦なのかをパナマックスから説明する話を聞いてくれる人が周りにいる事は本当に有難いなあと。

自分が偶々恵まれていただけですが15年たってそれなりに凄かったのではと思う次第、こういう事は言わない方が「カッコイイ」のでしょうか?

よくわかんないのですが、次のコミティアが少し楽しみになって来たので、今度も宜しくお願いします。

つーか僕の最初で最後かもしれない電子書籍買って!

『宇宙おきらく所沢』
https://bookwalker.jp/dec942cd0f-e3fc-4237-aa2a-24747aec6082/

さわだ

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