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売れないバンドを終わらせること

※全編無料で読めます。

バンド及び音楽活動はいずれ終わりが来る。
終わりが来るからこそ、好きになったら終わるまでは応援してもらいたい。
そして、僕がやっているバンドは何回も活動が止まっては再開している。なんとなくしか事情を知らない人にとっては、
「お前は何回解散して何回活動再開すんだよ」
と思われてるだろう。
別にどう思われてもいいんだけど、なんか書きたくなったので書いておく。ちなみにかなりバンド活動は止まったが、明確にバンドをやめたのは1回だ。

最初に数ヶ月くらい活動止めたのは僕の指の事故。当時はギターが弾けなくなっちゃってもうやめようと思ったっけ。(練習して薬指が無くても弾けるようになった。天才かよ)
この頃、バンドメンバー全員のことが嫌いになった。細かく書くと、はちゃめちゃな文章量になるから今回は見送り。いつか書くかも。

そしてバンドを止めたのは2015年の冬。
これは明確に解散した。しばらく続けてきて、みんなが30歳になる前に区切りをつけなきゃいけないと考えて解散。
バンドが売れなかった、人気が出なかったのは全て自分のせい。当たり前だよ、作詞作曲してるのは自分だし、ましてや歌までうたっちゃってるんだから。

このままバンドを続けるのは簡単だ。適当に集まって音を出したりライブをするのは楽しいしね。
ただ、30歳を超えて職歴がアルバイトしかない人間を量産するのは忍びなかった。
なら、まだギリギリ手遅れじゃないラインはここじゃないか、僕には音楽しかないけどバンドメンバーの人生は別に音楽だけってわけじゃない。普通に働いて結婚して、子供ができてみたいな人生だって望んでいるはずだと。
というわけで、解散を決めた。バンドメンバーにもうやめると言った時、とくに引き止められもしなかったし、まあこんなもんだよなと思った記憶。そのライブはもう当時のドラマーとは連絡つかなくなってたから青山に頼んだ。いいライブだったよ。

そして活動を再開したのは、いつだったかあまり思い出せないな。調べればすぐわかりそうだけど、2017年か2018年。

バンドを解散させてから再開するまでの2015年以降は人生に絶望していたときだ。1番絶望してた気がする。絶望度合いとしては、部屋の角に足の小指をぶつけた瞬間くらい。

解散してからは僕も社員登用がある会社で働き始めたんだけど、毎日が地獄。地獄というか虚無。
音楽やらなくなったらどうやって生きていけばいいのかわからなくて、生きがいとはなんだおじさんになっていた。生きがいとはなんぞや。
なんの目標もなく、なんの夢もない毎日。
面白いことや楽しいことはあるけれど(漫画とかゲームとかアニメとか)人生をかけて熱中するほどでもない。

ピンポンで月本が言っていた「卓球なんて死ぬまでの暇つぶし」このセリフがなんか頭から離れなかったな。

そうして解散させてから何年か虚無の時間を過ごしたあと、この頃の記憶があまりなくなにがきっかけかちゃんと思い出せないんだけど、またやってもいいのかなと思い立った。
暇そうにしてたので友達の梅本も入れて、ドラムは青山。ベースとギターは変わらず安田と海藤。
ただ、前みたいにバカみたいな本数ライブやったり遠征したりとかそういうのはしない。
あくまで趣味の一環で楽しもう的なやつ。

しかし、解散したバンドをまた始めるのはなんとも良い気がしなかった。
単純に「ダサいから」この一言に尽きる。
昨今では解散したはずのバンドが活動再開しまくっている。
これはまあ個人的な感覚だとは思うけど、一回やめたものまた始めるって結構な覚悟がいる。
もう解散したと受け入れてくれた人がいる中でまた始めるとか、未練がましいにもほどがある。
人生というか、日常に関わるものなら特に。
とにかく自分はダサいなあ、カッコ悪いなと思いながら再開した記憶がある。が、別にいいだろ、毎日暇で死にそうなんだから好きなことくらいさせてくれとも思った。

再開してからというもの、毎日は割と楽しかった。梅本と青山がいるのもよかった。特に青山は普段からよく遊ぶ友達だったので、週に5回くらい会っていた記憶がある。音楽というか、バンドって楽しいなと認識したのはこの頃だった気がする。こんだけ長い間やってきてようやく。

楽しいなと思い始めたのも束の間、吉祥寺のライブが終わったあとに青山がいなくなる。その吉祥寺の前のライブがなんだったかあまり覚えてないけど、かなり良くないライブだったので良いライブができたと喜んだ記憶がある。

僕と梅本は良いライブができたとはしゃぎながらパチスロを打ちに行き、青山もそのパチンコ屋で合流し、少し遊んだあと「今日は先に帰ります」と帰って行ったのが青山を見た最後だ。そのパチンコ屋も今となってはもう潰れてなくなった。

ここからバンドを続けるかどうか。正直、やめてもいいと思った。梅本はやめた。わかるよ、わかる。僕もどっちかというとやめるよりだ。ただ、他のアホ2人は続けたがってる。

ならやるしかないか。ドラマーを探すところからだ。と思った矢先、アホの片割れ安田が倒れる。思えば、こいつが1番未完成のこと好きなんだよなと考える。なら、居場所がなくならないようにバンドを守らないといけないと考える。考えたけど、残った海藤はなにもしてくれない。何か考えがあったのかもしれないけど、それすら言葉にしないんならなんの意味もない。

元々リードギターなしでやってたんだから1人でなんとかするわと二度と関わらない気持ちで海藤のことはブロックして、ここからまたドラマーを探す。

全部書くのは大変なので詳しくはこのnoteを見るといいかも。

ということで、文化庁の助成金も使って音源を出すとこまで来れた。結局海藤もいる。仕方ねえ、僕がこの世で1番好きなギターリストなんだから、一緒にやるしかないよ。

必死になって、なんとかかんとか形にしてライブが出来る状態にまで持っていった。直前まで練習漬けだったのでライブまでどうなることかわからなかったけど、一応形にはなってよかった。

正直に書くと、そのライブはソールドアウトはしなかったし、集客という面ではさみしいものがあった。まあ、今よりも外に出てなにかするのは阻まれていた時期というのもあったけどさ。

前回のライブからかなり時間もたっているし、メンバーも僕と海藤しかいない。
何回も活動が止まっては再開を繰り返したものの、もう昔ほど求めてくれる人はいなくなったんだろう。僕やバンドそのものの本質は何も変わってないんだけどな。
現にもうライブの集客という面では、昔の面影はない。地元の札幌のライブでさえ。
さみしいよ、正直さみしい。けど、僕がつくる音楽って別に聞かなくていいなら聞かなくてもいい音楽だと思っている。

僕が作っている音楽は、どんなに後ろ向きでもなんでも肯定したらいい、どうでもいい、といったような超絶前向きな歌を中心に作っているんだけど、
「お前に背中押してもらわなくてもええわ」
となってもう聞かなくなったのなら、僕の音楽人生それはそれでもう役目を果たした感はある。

今はまだやる。けど、本当に誰も聞かなくなったらさすがにもうやめ時だろう。(もはやライブに来てください!とお願いするようなもんでもないし)

というのも、新曲はまあまあできた。しかも全曲めちゃくちゃいい。(まだこんなに良い曲書ける自分にびっくり。天才かよ)
そして、この曲たちを今の最高のバンドメンバーでパッケージして、僕が作った音楽が、未完成VS新世界が好きなあなたに向けてなんらかの形で出したら、おそらく僕の今回のこの世での役目は終わりだろう。
次に解散、2回目にやめると言った時はいよいよもって終幕だ。なにかあり得ないことが起きない限りは。

そしてここからが本題↓
11/17に新宿でライブあるから来てくれよな!

文字だけの文章読むの疲れたろ。疲れたついでに3000文字以上書いたからよかったらコーヒー代くれたら嬉しい。
奇跡を信じるにはずいぶん歳をとっちゃったな。

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