良太のクリスマス

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 今日は楽しいクリスマス。良太はわくわくしながら飛び起きて、枕元に置かれた箱を開けました。
「サンタさん。僕のお願いを聞いてくれたかな」
 良太はお母さんに一生懸命、お願いしていました。サンタさんが自分の欲しいロボットを届けてくれますようにと。そのロボットは高くて、以前お母さんにお願いしても買ってもらえなかったのです。
 膨らんだ風船のように期待で胸がいっぱいの良太でしたが、箱を開けた途端その期待がみるみるとしぼんでいきました。箱の中身は赤い車のおもちゃだったのです。
 良太は頬を真っ赤にして、お母さんの元へと行きました。お母さんは台所で一生懸命に料理をしています。良太の家はけして裕福ではありません。しかしお母さんは良太を喜ばせたくて、イチゴのケーキや焼いたチキン、色鮮やかなサラダをつくっていました。
「良太。ごちそうをつくっているからね」
「お母さん! どうしてロボットをサンタさんに頼んでくれなかったの!」
 お母さんは困ったように眉をよせました。
「うんとね。サンタさんはロボットを買うお金がなかったのよ。かわりに赤い車を持ってきてくれたの」
 良太は地団太をしました。
「僕はね、ロボットが欲しいんだよ! お母さん、どうして言ってくれなかったの。僕、本気で欲しかったんだよ」
「ごめんね。良太。それがねぇ、どうしても買えなくて……」
 良太はお母さんの言っていることが分かりません。けれどもお母さんがひどく悲しんでいることは分かりました。それでも怒りは収まりません。良太はロボットが欲しくてたまらなかったのです。みんなが持っているのに、自分が持っていなかったことに納得できなかったのです。
 良太は思わず言ってしまいました。
「お母さんなんて大嫌い。サンタさんに僕の欲しいものを言ってくれないなんて、きっと僕が嫌いなんだ。だからあんな車をよこすんだ」
 お母さんの顔色はさぁと青くなります。良太は自分がとんでもないことを言ったことに気づきましたが、それを謝る勇気を持てませんでした。良太は唇を噛み、そのまま家を飛び出してしまいました。

 良太は走り続けます。下ばかりを向いて走り続けます。やがて頭に雪が降って、その冷たさに頭を上げます。良太は声を漏らします。
 良太が闇雲に走った先は、良太の知っている場所ではありませんでした。真っ暗なトンネルの中です。雪が降りつもった道路だけがぴかぴかと光っています。良太は途方にくれて、あたりを見回しました。
「おや、こんなところに坊やがいるとは珍しい。今日はクリスマス。私へのプレゼントかしら?」
 赤い帽子に赤いコート、赤い靴。まるでサンタさんのような格好の女の人がいました。良太は頭を横に振ります。
「違うよ。僕、お母さんと喧嘩して。走っていたらいつのまにかここに来ちゃったんだ」
「そうなのね。こんな暗い場所にね。そうだ坊や。おなかは空かない?」
 良太はおなかを押さえて頷きました。
「うん。おなかがすいたよ」
 女の人は優しそうな笑みを浮かべました。
「そう……。じゃあ私がいいところへ案内しよう」
 女の人が細い腕を上げると、まぶしい光がトンネル内に満ちました。良太は思わず目をつむり、しゃがみ込んでしまいました。

 良太の目が開けると目の前に一軒の木の家が建っていました。入り口の扉にはリースが飾られています。煙突からは白い煙が出ています。大きな窓からはあたたかな光と声が聞こえてきました。良太は腕をさすりながら、雪を踏み分けて窓辺に近づきました。
 エプロンをつけた猫のお母さんが、テーブルに料理を並べています。猫のお父さんはツリーのてっぺんにお星様をつけています。赤いリボンをつけた猫の女の子は、猫のお母さんに言いました。
「お母さん。歌を歌おう」
「何を歌うの?」
「聖しこの夜!」
 猫のお父さんはニコニコと笑いました。
「クリスマスらしい歌だねぇ」
「そうでしょ。ねぇ歌おう」
 猫の親子は楽しそうに歌を歌い出しました。猫の親子は笑っていました。猫の女の子は猫のお母さんにすり寄ります。猫のお母さんは目を細めて、猫の女の子の頭をなでました。猫のお父さんは猫の女の子を抱いて、ツリーのお星様を見せました。猫の女の子は腕を上げて、頬を真っ赤にして喜びました。
 良太はそっと窓辺から離れました。良太の頬も真っ赤です。同じく頰が真っ赤なのに、猫の女の子との立場はあまりに違いました。冷たい空気が流れていました。その冷たい空気は、良太の心を通り抜けていきました。良太は一人ぼっちでした。良太は寂しくてたまりません。お母さんにあんなことを言って、家を飛び出さなければ……きっと今頃家族で笑いあっていました。でも今はそんな光景が遠くに、お星様のように遠くに感じます。

「お母さん、ごめんなさい」
 良太は謝りました。唇を噛み締めても涙が頰をすべります。お母さんにひどいことを言った自分をとても恥じました。するとそこに女の人が現れました。
「おや、ずいぶんと寂しそう。悲しそうだね」
「お母さんに僕、ひどいことをしちゃったんだ。お母さんに謝らないと」
「いい子だね。そうだよ、謝れるうちに謝っておきなさい。世の中それができない人間がたくさんいるんだ。そうして仲直りしておいしいご飯を食べてきなさい。今日は楽しいクリスマスだからね」
 良太は頷きながら、困ったように女の人を見ました。
「でも僕、おうちの帰り方が分からないんだ」
 女の人はくすくすと笑いました。
「大丈夫だよ。そこにいるから」
 女の人が指を指した方向を見ると、真っ青な顔で立ち尽くしているお父さんとお母さんがいました。
 良太は声を上げます。
「お父さん、お母さん!」
 良太はかけだして、お母さんの胸に飛び込みました。
お父さんとお母さんは良太のことを何度も呼び、とても心配していました。良太はお母さんに謝ります。お母さんは驚き、泣きそうになりました。いなくなっている間に何があったのだろうと思いました。けれども良太が無事なことがとにかく嬉しくて、目の縁を指でなぞりました。
 もうこの物語は幸福な結末しかありません。
 良太とお父さんとお母さんは手をつなぎ、温かな料理と赤い車のおもちゃが待つ家へと帰っていきました。

#童話

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