記憶とメイドと恋(声劇台本)

「記憶とメイドと恋」

主人(ヨハネス・ケービンブルク)(♂)……28歳・資産家。26歳の時交通事故にあい24歳までの記憶しかない。さらに記憶力が一日しか持たない。メイドのマリアの助けを借りながら暮らしている。

メイド(マリア・ルオーネ)(♀)……23歳・メイド。ケービンブルク家に代々仕えている召使いの娘。交通事故前にはヨハネスと密かに恋人関係だった。

シーン1

ヨハネス「えっと、君は……」

マリア「おはようございます。ヨハネス様。そのご様子だと、まだ目が覚めていないようですね」

ヨハネス「そ、そうだね。ごめん、わざわざ来てもらったんだけど、僕、君のこと、知らなくてね」

マリア「(ため息)私はマリア・ルオーネと言います。ヨハネス様に仕えるよう申しつけられました」

ヨハネス「そっか。うむ、いけないね……何だか記憶がはっきりしないんだ。体調悪いのかな」

マリア「そうですか……それはそうとヨハネス様はお食事はとられたのですか?」

ヨハネス「いや……全然。何だかぼーとしちゃって」

マリア「なるほど、では食事にしましょう。ヨハネス様はきっとお腹がすいているんです。それでボーとしているだけですよ」

ヨハネス「そんな単純なのかな」

マリア「あなたは存外単純です」

ヨハネス「だ、断言。まさか初対面の人に言われるとなぁ」

マリア「ええ……そうですわね」

シーン2

ヨハネス「あのさ、君、すごいよね」

マリア「何がでしょう」

ヨハネス「何がって、その給仕だよ。今日の朝食だってそうだ、僕の好みを網羅していて、おいしいよ」

マリア「そんな子供のように喜びなさって……私はそういう好みだと申しつけられただけですわ」

ヨハネス「へぇ! すごいね」

マリア「まったく、すごい喜びようですわね。ああ、コーヒーはいかがですか」

ヨハネス「うん、ちょうど欲しかったんだ! まぁ、確かに子供っぽいと思う。もう24だというのにねぇ」

マリア「……そうですわね」

ヨハネス「どうしたんだい、急にうつむいて」

マリア「いえ、床のシミが気になってしまっただけですわ」

ヨハネス「そんな小さなシミが……? マリアはマメだね」

マリア「ええ、すべて綺麗にしないと。ほら後に残さないってすっきりするでしょう」

ヨハネス「あはは、確かに。でも僕、ずぼらだから、明日に延ばしちゃうかも」

マリア「それの後始末をするのはきっと私ですよ」

ヨハネス「そう、だね。でもそうしたら少し長く一緒にいられるだろう」

マリア「え」

ヨハネス「そんなに驚く?」

マリア「唐突すぎるからですわ」

ヨハネス「そっかー。でも僕は今楽しいんだ」

マリア「どうして、そこまで」

ヨハネス「君がきっと良い人だからかな」

マリア「はぁ?」

ヨハネス「あれ? ちがった?」

マリア「あなたって人は……と思ってしまいますわね」

ヨハネス「そ、そっかー。直感的に思ったことを口にしちゃうんだよね」

マリア「まぁ……確かにそういう人ですわ、あなたは」

ヨハネス「え」

マリア「あぁ、いえ、何でもないですわ。ば、薔薇の世話をしてきます」

ヨハネス「ああ、うん……」

マリア「では……」

マリア、ドアを閉める。

ヨハネス「笑った、マリアが……あは、あははははは」

マリア「(小声で)くそ、死にたい……」

シーン3

ヨハネス「あのさぁ、一つ聞いてもいいかな。マリア」

マリア「何でしょう、手短にお願いします」

ヨハネス「僕さ、この家で薔薇を育てていたっけ?」

マリア「というと?」

ヨハネス「いや、買った覚えがなくて。こんなに立派な紅い薔薇」

マリア「四本も植えられてて、どれもちゃんと育てられてますね」

ヨハネス「僕、花に興味なんて持ってたのかなぁ」

マリア「ないように感じますね」

ヨハネス「うん……大正解」

マリア「……」

ヨハネス「でもこの美しさはすごいよ。とても自分だけが見るとは思えない。きっと誰かにあげたかったんだよ」

マリア「そうですか?」

ヨハネス「うん。ありがちだけど、紅い薔薇の花言葉って、愛情っていうじゃないか。きっと、誰かに恋をしてたんだよ」

マリア「恋……」

ヨハネス「そう思うと素敵だと思わない? でも、そう考えれば考えるほど、どうして僕は薔薇を……」

マリア「(深く息を吸って)……ヨハネス様は、四本の薔薇の意味をご存じですか?」

ヨハネス「いや、そこまでは」

マリア「……死ぬまで気持ちが変わらない、だそうですよ」

ヨハネス「へぇ、ずいぶん熱烈な……」

マリア「……」

ヨハネス「どうしたの、マリア、そんなに見つめて」

マリア「いえ、ただ、ぼーとしてしまったようです」

ヨハネス「え、大丈夫なのかい……って、どこにいくんだい? マリア」

マリア「食器の片付けを思い出しましたの。危ないので、絶対についてこないでくださいね」

ヨハネス「ああ……うん。(間を置いて)どうしたんだろ、急に声色が……」

マリアM「あー……ほんとに、死にたい」

シーン4

マリア「あの、ですね!」

ヨハネス「あ……うん」

マリア「どうして着いてくるんですか? 今食器の片付けで、高いところにお皿をいれているんですよ」

ヨハネス「は、はい……」

マリア「もし、何かあったとき、怪我をするかもしれない。まったく訳が分からないわ、こんなご主人様」

ヨハネス「まったくもって、弁解のしようがありません」

マリア「じゃあ、書斎にお帰り下さいませ」

ヨハネス「それは、ちょっと……」

マリア「ちょっと……ちょっとってなんですか? ちょっとって」

ヨハネス「じゃ、じゃ、僕も手伝うからそれで」

マリア「はぁあ?」

ヨハネスM「正直、こんな態度の悪いメイドは見たことがない」

マリア「今、態度悪いって思ってたでしょう」

ヨハネスM「自覚していたのか」

ヨハネス「……だ、大正解」

マリア「馬鹿じゃないんですか……なんでこんな口悪いメイドについてくるのか……カモの刷り込みですか……」

ヨハネス「いや、君を親だなんて思ったことはないけど。さっき、ちょっと様子が変だったから」

マリア「私、そういう風に気にする男、嫌いです」

ヨハネス「はっきり」

マリア「ええ、嫌いですわ、嫌い嫌い……えっ!」

ヨハネスM「マリアが声を上げる。その瞬間、マリアが乗っていた木の台の足が折れた……バランスを崩すマリア、手から放り投げられる皿……」

マリア「きゃあああああ……あ、あれ?」

ヨハネス「おっと、とぉおお。危ない、いや半分僕のせいか」

マリア「よ、ヨハネス様………」

ヨハネス「あ、いたぁああ。結構勢いよかったね」

マリア「あ……ごめんなさい」

ヨハネス「いいよ、あぁ、でも皿が……」

マリア「粉々……あ、いえ、それどころじゃ!」

ヨハネス「へ」

マリア「ほ、頬から、ち、血が出てるじゃないですか」

ヨハネス「ああ、君を抱き留めたとき、先に割れた皿の破片で切っただけだと思う」

マリア「そうですか……」

ヨハネス「なんか、落ち込んでない?」

マリア「あなたは、安直に私を助けますね」

ヨハネス「え」

マリア「怪我してしまうかもしれないのに。本当に向こう見ず」

ヨハネス「だって体が動いてしまうんだから、しょうがないよ」

マリア「私なんてどうでもいいんですよ!」

ヨハネス「え……」

マリア「私、なんか、どうでも……あなたが無事ならそれで、良かったのに」

ヨハネス「……マリア?」

マリア「っつ……私は……それだけで!」

ヨハネス「ごめん、マリア、君の言うことが分からない……君は一体、何を知ってるんだい?」

マリア「そ、それは……」

ヨハネス「何か知っているんだろ、教えて欲しい」

マリア「う……今日は、早くなりそうですね」

シーン5(回想)

マリアM「それはたった二年前の昔話」

ヨハネスM「彼女は僕に、貴方の年は、本当は28歳と告げた」

マリアM「喪われた四年間」

ヨハネスM「僕は一体何を喪ったのか」

ヨハネス「マリア、準備は出来たか」

マリア「ええ、出来たわ。ヨハネス」

ヨハネス「ずいぶん気合いを入れているから、びっくりしたよ」

マリア「まぁ、デートですし。その、不格好では私が許せないので」

ヨハネス「そんな、堅苦しい……もっと気楽でいいじゃないか。別に今は主人とメイドの関係じゃないんだし」

マリア「召使いの鎧は存外分厚いものですの、って何です! その手は」

ヨハネス「あ、痛っ! そこで叩く?!」

マリア「ぶしつけに、女性を触るなんて……!」

ヨハネス「手をつなごうとしただけじゃないか!」

マリア「では、許可を取って下さいっ、ちゃんと」

ヨハネス「はー、本当に君ってヤツは。口説き落とすのに二年もかかるわけだよ」

マリア「それはどうも。だいたいかわいげは海に捨ててきましたので」

ヨハネス「そうかい、じゃあ、海から拾い上げてこないといけないね」

マリア「どれくらいかかるのかしら」

ヨハネス「まぁ、それは置いといて……お手をどうぞ。プリンセス」

マリア「え、え、やめてください。恥ずかしいじゃないですか」

ヨハネス「ここは家だ、誰も見てないよ」

マリア「そうですけど」

ヨハネス「僕に手を取らせる許可をもらえないでしょうか。マリア」

マリア「なんで、そうノリノリなんですか。変な方向に」

ヨハネス「マリア」

マリア「っつー……! しょ、しょうがないですわね。そんなに迫るくらいだったら、手でも握ればいいじゃないですか!」

ヨハネス「あははは、やったー」

マリア「じゃあ、もう行きますよ!」

ヨハネス「はいはい」

シーン6(回想)

マリア「それにしても、ここは人の賑わいがすごい」

ヨハネス「そうだね、そういえば工事もしているね……」

マリア「こんなに賑わっているところで工事をして大丈夫なのかしら」

ヨハネス「ちゃんと対策を立てていると思うけど……あ」

マリア「私の帽子が、いけない……あんなところに落ちて」

ヨハネス「とって来ようか」

マリア「大丈夫です。これくらい」

時間経過

マリア「良かった、帽子汚れてないわ……っと、何かしら、この音……」

ヨハネス「マリア!」

マリア「どうしたの、ヨハネス。そんなに、急い……きゃあっ!」

ヨハネス「逃げろ! マリア!」

マリア「っつぁ、ヨハネス、一体どうしたの……え!」

マリアM「私の目の前には倒れ伏すヨハネスと、転がる木材、上からは落ちた、落ちたぞ! という怒声」

ヨハネス「僕にはその記憶がない」

マリア「これは……26歳になったばかりの頃の話です。この事故で、あなたは脳に重度の障害を背負ったんです」

シーン7(回想)

ヨハネス「そっか、それで僕は病院に入院しているんだね。ありがとう、教えてくれて、マリア」

マリア「ええ、ヨハネス様。まったく、私を助けなければ」

ヨハネス「そうだね……僕にその記憶はないけど、今同じ状況でもマリアを助けたと思う」

マリア「え?」

ヨハネス「僕たちは今日初対面だと思ってた。でもそういう事情を持っていたとしたら、今感じている、この感情は当然だろう」

マリア「ヨハネス様……?」

ヨハネス「僕は君が好きだ。記憶がなくても、たった一日で恋に落ちてしまった……」

マリア「昨日のあなたも、同じことを言っていました。恋をしたと」

ヨハネス「どういうこと?」

マリア「あなたの記憶はもう四時間後には死にます。ヨハネス、あなたの記憶は一日しか持たないんです」

ヨハネス「……そうか」

マリア「だから私なんて好きにならないで。むしろ嫌って。その方がいいんです!」

ヨハネス「……ねぇ一つ聞いていい? どうして君は僕の側にいるんだ。辛くなるだけなのに」

マリア「……野暮なこと、いわせないでください」

ヨハネス「……そうか」

マリア「まったく、どのあなたも、馬鹿でしょうがない」

ヨハネス「ああ、そうだね。きっとどの僕も、何度だって君に恋をするだろう。だから、一つお願いしてもいいかな」

マリア「何でしょう」

ヨハネス「ああ、明日の僕にも……」

シーン8

マリアM「私は、また、日課のように宣告する」

マリア「もう夕方ですわね……あなたの記憶はあと八時間も経たずして消えるでしょう。今抱えている思いは、明日に引き継がれることはありません」

ヨハネス「本当に、そうなのか。僕は本当にそうなってしまうのか?」

マリア「一つ、お伺いしますが、ヨハネス様、昨日の食事を覚えていますか」

ヨハネス「え」

マリア「何を私は作ったでしょう」

ヨハネス「それ、は……」

マリア「そういうこと、ですわ。ヨハネス様」

ヨハネス「そんな……」

マリア「さぁ、私は炊事を始めますわね。あなたに召し上がっていただいたら、帰ります」

ヨハネス「待って、マリア」

マリア「え? 急に、何を……」

ヨハネス「うん……やっぱり、君のことを記憶の中では思い出せない」

マリア「は、離してください……だ、抱きしめないで」

ヨハネス「でも、この思いは本当なんだよ。君が、好きなんだ」

マリア「やめてください! やめて、もう、そんな言葉を言わないで!」

ヨハネス「僕の記憶が消えても、僕はこの記憶を明日へ引き継いで見せる」

マリア「馬鹿じゃないですか! 私はあなたなんて嫌いなんです、だって……!」

ヨハネス「マリア」

マリア「(泣き崩れる)だって……朝を迎えたら、また、あなたと私は……初対面に」

ヨハネス「僕は君を忘れないよ……絶対に」

マリア「うっ、うぅっ、うううう、あああああああ」

マリアM「私は彼の胸を叩く。愛しているのに、私はその日、彼へ愛を伝えられなかった」

シーン9

マリア「昨日は、全然眠れなかった……なんて馬鹿なことを言うの、ヨハネスは」

ドアをノックする

マリア「ヨハネス様、いらっしゃいますか」

ヨハネス「はい、何でしょう……あれ、君は……」

マリア「初めまして、マリア・ルオーネと申します。今日から、この屋敷の」

ヨハネス「君がマリアか!」

マリア「え」

ヨハネス「昨日の僕がね、日記を残していたんだ。マリアってメイドがくるって」

マリア「は、はぁ。確かにそのメイドで合っていると思いますが」

ヨハネス「そう! そのメイドを、僕は好きなんだって書いてるんだ」

マリア「え……」

ヨハネス「君に関して、正直記憶がないんだけど、昨日の僕が嘘をついているとは思えない……給仕はいいから、ちょっと話そうよ」

マリア「ちょ、ちょっと、手を引っ張らないでください!」

ヨハネス「あはは、確かに。でも君が気になってね、早くお話ししたいんだ」

マリア「もう……しょうがないですわね。なら、もう少し上手に、エスコートをしてくれませんか」

ヨハネス「うん、そうだね、では……お手をどうぞ、プリンセス」

マリア「はい……」

おわり

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