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CHU・Anthology(お試し読み)

佐和島ゆらがとある秋の日につぶやいたことをきっかけに、そうだ、キスをテーマにしたアンソロジーを作ろうということになりました。

今回、私を含めて三名の方に参加して頂いています。こちらではそのアンソロジーのお試し読みが出来ます。

2019年文学フリマ東京では「雪国屋」で頒布します(サ-37にて)ので、是非とも! 買って下さい!!

サンプル1「明巣作・フェアリーテイル」

ひとこと紹介・「半年前に亡くなった最愛の彼女との再会を描いた物語」

 夜道に、カツンカツンと靴の音が響いた。いつもの帰り道は人が少なく、妙にその足音が大きく聞こえる。疲れたから、今日はコンビニに寄ってスイーツでも買おうかなどとぼんやりと考えながら足を進めていくと、ふとした違和感に気づいた。
 足音が、二つある。立ち止まり後ろを振り返る。そこには誰もいない。おかしいな、と思ってまた先に進むが、やはり足音が二つある。足を速めればその分ついてくる足音も速度をあげる。
 自分の足音が響いて二重になって感じるだけ、考えすぎだと頭を振った。それ以上追及して考える余裕なんてなかった。
 重なる足音を引き連れて、家に帰った。一日の疲れを風呂で流して、空腹に悲鳴を上げる胃袋に食べ物を与える。そうしてようやく落ち着いてソファへと身を預ける。
 カタン、と音がした。カタン、カタン、カタンカタン。その音はどこから鳴っているかわからない。家鳴りだろうか、と思っているうちに徐々にその音は大きさを増す。ピシッと何かにヒビが入ったような音、それから、ガタガタっと地震が起きたような大きな音が響く。ガタンとひときわ大きな音がして、何かが落ちた。
 ため息を吐いて、落ちたものを拾いに行く。机に置いてあったものが落ちたようだ。何かと思って手を伸ばす。固いものが足元に転がっていた。
 ザラザラとした表面をしたそれは、石のはずなのに何枚も花弁を重ねて、薔薇の花のような形をしている。砂漠の薔薇、と呼ばれるそれは願いを叶える石、とも呼ばれるようだ。石なんてかけらも興味がないというのに、その別名から思わず買ってしまった。
 先ほどまであったラップ音は既に消え、自分の身動きする音だけになった部屋の中で、その塊を手の平に収める。力を籠めれば粉々になってしまいそうな脆さのあるそれを、柔らかく握り、それから再び机の上に戻す。
「音だけじゃ、足りないよ」
 いわゆる心霊現象というようなそれを怖いと思ったことは一度もない。
 半年前、最愛の人が死んでからその音は始まった。けれど、一度も彼女を目にしたことはない。 

サンプル2「遙飛蓮助作・Rosybrown」

ひとこと紹介・「静かに語られる狂おしい愛を描いた物語」

「お前だな。この屋敷に住み着いたという魔女は」
 魔女の言葉に惑うライナルト様ではございません。整然と跳ね除ける声が、護衛たちの身を固くしました。
「はい。私めにございます」
「単刀直入に聞く。お前の目的はなんだ?」
「まぁまぁ急かさずとも。ライナルト様のご活躍や勇姿は伺っております。領地のため、領民のためにご尽力なさり、会談の場が敵領地内であろうと、相手と肩を並べる強固な姿勢には感服致します」
「世辞を並べるだけなら誰でもできる」
「おや、お気を悪くなさいましたかな?」
 一触即発、と申しましょうか。護衛たちは飄々といなす魔女と、凛とした表情で切り捨てるライナルト様の様子を、固唾を飲んで見守っていたそうです。
 見守っていたというよりは、二人のペースに圧倒されて尻込みしてしまった、というのが正しいかもしれませんがねぇ。ふふふ。
 その護衛たちの活躍はというと、残念なことに、そこから記憶がぷっつり切れてしまったそうで。気が付くと、屋敷から随分離れた場所で倒れていたそうです。
 護衛全員が、ですよ? まったく、なんのための護衛だったのやら……。
 おや、私が愚痴っぽくなるのは不自然ですねぇ。大変失礼致しました。
 ここまでが、私の見聞きしたお話でございます。お楽しみいただけましたら幸いでございます。
 続きは――どこかの吟遊詩人が脚色して、酒場や村の片隅で弾き語ることでしょう。
 そうですねぇ。私としては、ライナルト様が魔女を見事に討ち取るお話になれば良いかと思っております。 
 薔薇の香りにあてられ、次々と気を失う護衛たち。なんとか意識を保っていたライナルト様は、魔女が繰り出すまじないの数々に挑み、最後には魔女を打ち倒して、めでたしめでたし。
 魔女が護衛たちを操り、ライナルト様に戦いを挑むくだりもあると、子供たちが喜びそうなお話になりそうですねぇ。
 半分は作り話でも、貴方様は『聡明で勇敢な領主』、私は『領主に討たれる魔女』として後世に名前が残るのですから、これほど喜ばしいことはありません。
 ええ。とても、とても喜ばしいことですねぇ。
 ……のちに作り話になるであれば、貴方様にはきちんとお伝えしなければいけませんね。護衛たちが倒れた後、本当は何が起きたのか。 
 ああ、目は閉じたままで。呼吸をするだけで精一杯なのは承知しておりますので、もう少しだけ、お耳をお貸しください。

サンプル3「佐和島ゆら作・眠れない夜に魔法を一つ」

ひとこと紹介・「恋人関係に悩み眠れなくなった女性の幸せを描く物語」

「どうした?」
 私の態度に疑念を持って当然だ。誘いに乗ったのはこっちなのに、怖じ気づいてる。でも一応理由はあるのだ、私はその一端を明かす。
「私ね……隣に人が居ると、寝られないの」
「は?」
 私は震えだしそうな自分を殺すように、声に勢いをつけた。
「でも、それでも熟睡できることがあったの……隣に彼氏がいるときだった」
 ぱっと頭の中に浮かぶ光景は、彼の、恋人の腕の中で眠る私だった。
腕の中は狭いし、背中がどうしようもなく体温で熱くなる。彼の寝息も感じる。それが嬉しくて、幸せだったあの頃……。でも、あの日々はもう戻らないのだろう。
 鹿島は話を自分なりに理解しようとしてか、何度も頷いた。
「ふーん、でもそれなら……ああ、相手とはうまくいってないんだっけ?」
「そう、だね」
 頭がくらりとする。一瞬世界が反転して、目を回していたようだ。私は頭を片手で抱え、ぼそぼそと言葉を吐く。
「私、本当に眠りたいの。心の底からそう思ってる」
 私は鹿島にすがるように胸元へ手をやり、固まりそうな口を動かした。
「だから、私を……どうにかして。恋人なんか、どうでも良くなるくらいに」
 私は唇を噛みしめる。なんと言うことを、さっき会ったばかりの男に頼んでいるのかと思う。けれど、もう、私は限界だったのだろう。
 鹿島は自分の胸に置かれた私の手を取ると、一つ、息をついた。
「あーなるほど、なるほど」
 鹿島は独りごちる。
「これは初っぱなから、あれだな……とんでもねぇ」


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