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中高年こそ、全力で「今」を生きるしかない--映画「春に散る」を観て

軽やかな〝負け犬〟おじいさんたち

遅ればせながら映画「春に散る」を観た。沢木耕太郎氏の原作(同名、朝日新聞出版刊)は新聞連載中から人気沸騰だった小説だ。主人公・広岡仁一を、私は勝手に沢木耕太郎さんのイメージで脳内変換して読んでいたが、佐藤浩市演じる広岡も渋くてよかった。彼を含め3人の元ボクサーのおじいさん三羽がらす(原作では4人いて四天王)が、なんともすがすがしくていい。特に子どものボクシング教室を運営する鶴太郎はいいなあ。ジムを経営する白木葉子もとい、山口智子もいい雰囲気だった。

元プロボクサーの広岡は日本のボクシング界隈に嫌気がさし渡米。米国でビジネスをしてそれなりに成功したが、40年ぶりに帰国し、ひょんなことから出会った無名の青年ボクサーの熱意にほだされ、ボクシングを手ほどきすることになる……というストーリー。
最近の映画「トップ・ガン マーヴェリック」のような、昔取った杵柄(きねづか)物語話で、ある程度の年代以上が見ると、じわじわと元気をもらえると思う。

圧巻なのは横浜流星と窪田正孝の長尺のボクシング対戦シーンなのだが、ここはかなりリアルで痛そうで、「あしたのジョー」はアニメだったからよかったのかもと思ったり。ネタバレになるから言わないけど不満はラストの「半年後」シーンがなかったら……というくらい。

人生が重たい若者と、「こじらせた」中高年

途中、横浜流星が目を悪くし、試合に出たら失明するかもしれない……というシーンが出てくる。試合は見送って、ちゃんと治して次またがんばればいいじゃないかと。みんな反対するのだが、チャンピオンと戦うチャンスなんて最後かもしれない。戦いたい、やらせてくれ! ほとばしる若さのエネルギーに、ついに広岡も根負けし、応援することになる。

いやいやいや、これは止めるでしょう。私が横浜流星の母(坂井真紀)だったらリングを破壊しても止める。若いころほど、すぐに気持ちが追い詰められて、「こんなチャンスは二度とない」とか短絡的に思いがちだけど、人生長い。チャンスなんて何度だってあるし、気が変わることもあるし、別の道を進んで、「ボクシングもいい思い出」と振り向く日があるのさ~♪となるかもしれない。

若い時のほうが、実は、人生の決断が重い。大人は安易に「若いうちはなんでも挑戦しなさい」と言いがちだけど、先の人生が長いからこそ、考えてしまって無謀なことはやりにくいものだ。「これだ」と思い定めたことも、いつか飽きるかもしれない。そもそも自分のこともよくわかっていない。「やり直しが効く」のは確かにそうだけど、やり直すのってけっこう大変だ。そして、前述の「半年後」みたいなかっこ悪い人生がだらだらと続いていく……。若いって、それなりにしんどいことなのだ。

しかし、広岡(佐藤浩市)は違う。彼にとっては、チャンピオン戦に関われるのは最後の可能性が高い。持病もあるし、残された時間もそんなになさそう。人生でやり残したボクシングに全部賭けたい、そして勝ちたいと、心の底ではたぎるように思っている。たぶん横浜流星以上に。
自分の若いころを見ているような若者が目の前にいて、ここで志を折らせると、昔の自分みたいに「こじらせて」しまうかもしれない。そう、広岡はこじらせたまま、アメリカで暮らしていたのだと思う。ビジネスで成功して人からうらやまれようと、自分は日本に夢を置き去りにしてきたんだと。負けたんだ、と。

人生ミッドライフ以降に差し掛かったら、「刹那」しかない

ミッドライフ以降は、人生はだいぶ軽い。だって長くても残り数十年。もはや何かに「なろう」とする必要もないし、いちいち「これをやって将来なんの役立つのか」てなことを心配する必要はない。広岡のように明日散ってしまうかもしれないのだし。

人生さびしいことは、「あー、あれやっとけばよかったー」という後悔を残してしまうこと。「ほんとはあれやりたかったんだよなあ」「昔、才能あるってほめられたのに、なんで挑戦しなかったんだろう」というような心残り。
そうした心残りを、「極力残さないようにすること」が、これからの人生、心がけるべきことなんじゃないだろうか。
老後資金が尽きたらどうするの、年を取ったら安全安心が第一だよ、やり直しきかないんだから……という声もあると思うけど、何かで読んだけどお金を使い切って死ぬ人は数パーセントとからしい。やり直しができないからこそ、余計なことを考えず、純粋に「いま一番やりたいこと」をすればいいのである。

この「一瞬」を全力で生きる

何をしても、何をしなくてもいい。自分が何をしたいかだけを考えて生きればいい。これまでにいろいろ失敗してきているから、自分が何が得意で何が苦手で、どういう状態がハッピーなのかはだいたいわかっている。これまでの経験を生かして後進を育成するもよし、世の中に貢献するもよし、まったく未知の世界に飛び込むもよし。挑戦もよし。好きなことにひたすら打ち込むもよし。
あれころ考えているひまはない。「いま」しかないんだから。この一瞬を全力で生きるのだ。
ミッドライフ、最強。

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