ルネ首2部バナー

ルネの首 #18 生首ニート先生と相談事

「ねぇ、ルネ先生さー」
 夜になって、子供たちが寝静まったのを見届けた。その後、セツェンが仕事に行ったのを確認して、ナオはルネを呼び出した。
 セツェンは、今日は巡回するだけだと言っていたが、鉄グモのいそうな場所を確認して帰ってくるだけにしても、一時間は戻らないだろう。
 人間と同じような睡眠を必要としないルネは、ナオの呼びかけにすぐ答えた。
『君の方から先生扱いをしてくるとは、どういう風の吹き回しかな』
「風が吹きまわってたらなんなの?」
『今のは比喩……たとえ話だ。珍しいことをしているが、セツには隠したい事でもあったのか、と言いたい』
「あー、なるほどねー」
 たとえ話について聞いてみたい気もしたが、あまり時間はない。すぐに本題を切り出した。
「ぼく、セツ兄の役に立つっていったけどさー。今ん所、前と何も変わってないじゃん?」
『君に超能力が身につくわけでも、秘密兵器があるわけでもないしな』
「そう、アズ姉ですらサポート役なわけでしょ? 今日見たリタさんみたいにすごい機械持ってるわけでもないしさ」
『君は、役に立つための具体的な方法が知りたいわけか?』
「それ、それだよ。鉄グモ退治とかさ、実際のところ、ほぼセツ兄一人でやってるわけでしょ?」
『サリトとリタのコンビが、どの程度貢献しているかにもよるが……驚異的なワン・オペレーションをやっているのは確かだな」
「そのわんおなんとかはよくわかんないけど、それってぼくがここで子供らの面倒みてたらOKってやつじゃん?」
 住む場所が変わったのと、セツェンが仕事を隠さなくなったというだけで、前の鉄グモ事件から何一つ状況は良くなっていない。ナオは相変わらず、子供の面倒をみているだけだ。
『アラクの相手は命がけだぞ? 逃げるのが精いっぱいの君が何をどうする?』
「それを聞いてるんだよ~!」
 ルネの白けたツッコミに、ナオはカウンターに突っ伏しながら唸り声をあげた。気持ち的には叫びたいくらいだったが、大きな声を出してしまうと子供たちが起きてしまう。
『だいたい、君はアラクと戦える自信があるのか? 実力以前に、怖くて何もできないのではお話にならない』
 実際、足がすくんで動かなかったのは事実である。
 ナオに何ができるか、できることがあるとして、鉄グモを前にして実行できるのか。ルネの言い分もわかる。
『身の丈はわきまえたまえ』
「くっそ、腹立つけどめちゃくちゃ正論だ……」
『とはいえ、セツに任せきりではいずれ無理がくるし、現状、セツ以上の戦力もない、となると詰みではある』
「じゃあ、結局どうすりゃいいんだよ」
『おおむね、問題は三つ。アラクと応戦できる人材がほとんどいないこと。そして、個別対処以外では街の被害を出しながらでも対処する方法以外ないこと。下層からの完全排除も難しいことだな』
 一番目と二番目は、ナオにもわかる。セツェン以外の戦力がないことが問題であるし、セツェンがやらなければ上層によって下層街ごと焼き払う対処がとられる。それは今までにもあったことだ。しかし、完全に排除できれば新たに鉄グモが湧かないというのに、それができないのはどういうことだろう?
「排除ってそんなに難しいものなの?」
『難しい。セツェン一人で全部のアラクを始末はできないだろう。上層に任せれば、全てのアラクをあぶりだして排除する過程で下層が壊滅しかねない。上層にそこまでするメリットがないし、下層にはそこまでする技術がない』
「う、うーん、なるほどな?」
『そもそも、上層はアラクを資源として活用している。要するに……アラクに絶滅されても困るわけだ』
「うぇっ……」
 多少は下層街の人間にも生存する権利を考慮しているのかと思っていたが、そんなことはないらしい。むしろアラクの方の生存を気にしていたとは。
 よくよく考えてみれば、下層街に配慮できるなら街を焼いてアラク掃討を行う必要はないわけだ。セツェンが無理をしてでも一人で仕事を続けているのは、この辺りも要因のひとつだろう。
 そうなると、ますます上層が手を出してくる前に、鉄グモを始末しなければいけないことになるが――。
『まぁ、君が役に立つ方法も皆無というわけではないさ。アズが貸してくれたキューブがあるだろう? アレを上手く使えばあるいは。目を攻撃しやすくするとか……』
 そういえば、鉄グモは目を全て潰せば行動不能になるのだった。
「うーん、ちょっとアズ姉に相談してみるかな? ……あ、そろそろセツ兄が帰ってきそうな時間だな」
『寝ておけ』
「そうする」
 ナオは素直に二階へと退散していく。

 そして、ナオが寝室に姿を消したのを見計らい、ルネは扉の向こうに話しかけた。
『ということだが、僕はナオを止めた方が良かったか?』
 入口のドアを開けて隙間から顔を見せたセツェンは、上には聞こえない程度の小声でささやいた。
「ナオが止めて言うこと聞くか?」
『けしかけたわけではないぞ。ナオの自由意志だ』
「わかっている。ナオが心配してるのも、このままじゃいけないってのも。俺だって考えてないわけじゃないよ」
『そうだな。思春期は忙しいな』
「カプセル割るぞ」
 やや本気の顔で告げたセツェンに、ルネは『勘弁しろ』と短く答えた。
「ナオが言ってることもわかるさ。俺がひたすら毎日アラクを潰して回ったって、あいつらどんどん湧いて出るんだ。俺一人でやってもどうしようもないけど、俺がやらないとどんどん増えて、下層を雑に燃やされる。そうなったら死人は俺が頑張るよりももっと出る」
『君がつぶれたら、いずれにしろ詰む。アズも言っていたことだな』
「サリトさんは、本人も言っていたけど、常人よりも少し丈夫ってだけで、基本的には無茶をして増援してくれている状態だし、頼れるかっていうと微妙だよ、正直」
『ふむ、本人の前以外ではさん付けか』
 目ざとく指摘されたのが不愉快なのだろう。セツェンはあからさまに顔をしかめたが、特に反論はしなかった。
『君がどうして彼を嫌うのか、理由を当ててやろうか?』
「カプセルを割られる覚悟をしてからな」
 やや調子にのったルネの言葉に、セツェンがスライサーに手をかける。それは洒落にならない。
『軽率にそれを脅しに使うのをやめてくれないか』
「なら、俺の個人的な屈折をネタにするのをやめろ」
『屈折している自覚はあるわけか』
「割る、ぞ」
 スライサーを見せつけられて、思わずルネも押し黙った。
 ルネが一度黙ったら、それで彼の溜飲も多少は下がったらしい。セツェンはため息と苦笑まじりに、こう続けた。
「……嫌いと言うか、苦手なんだ。なるべく話したくないし、顔を合わせたくない」
『……なるほど?』
「この話は終わりだ。寝ろ。俺も寝るから」
『はいはい、ゆっくりと休みたまえ。新居にはベッドもあるようだしね』
「お前は生首だから関係ないけどな」
 そう言い捨てて、セツェンは二階へと上がって行った。
『いや、うん……思春期だな』
 ルネは彼の前で口にすると怒られそうなので、言わなかったことをひとりごちた。
 セツェンは、子供たちの前では精一杯に大人の保護者を務めているわけだ。そこに、絶対に本音を見せないタイプの飄々とした、どう考えても自分から見て大人の存在にいじられると立つ瀬がない、といったところだろう。アズならまだ、歳が近いので言い返せるが……。
 サリトも、それをわかっていていじっているのだろうから、意地が悪いのか、それとも面倒見が良いのか。
『いずれにしても、今考えなければならないのは、アラクの効率的な排除方法か』
 セツェン頼みでは無理が出る。ナオの主張は最もだし、アズも、恐らくセツェン本人もそれは認識しているが、だからといって簡単に戦力が増強できるわけもない。
 生首ニートライフを満喫するためにも、御自慢の知恵を貸さなければならない場面である。

 引越し翌日の朝、ナオはいつもより早く目が覚めた。
 ベッドで寝るのなんて初めてで、何だか落ち着かない。
 廃屋に住んでいた頃は床に雑魚寝だったし、アズの家も、普段は彼女一人で暮らしている家だから、年下にソファを譲って床で寝ていた。
 新居にはベッドが三台もある。
 ベッドはナオとキャロル、イサとエミルで二人につきひとつを使っている。
 最初は、セツェンは床で寝るので、年長の二人で一台ずつ使えと言われたのだが、子供たちの無言の圧力によって残りのベッドはセツェンのもの、ということになった。
 セツェンは独り帰りが遅かったり、逆に朝が早かったりするし、誰かと一緒に寝るわけにもいかない。
 そして、ベッドが使えるのにその辺の床に雑魚寝されても気まずい。ナオが文句を言いまくって、ルネにもダメ出しされて、彼は渋々了承した。
「落ち着かない……」
「落ち着かないのはぼくらもだし、慣れだよ、慣れ」
 えらそうにセツェンに言ってみたものの、何せ床寝が長年しみついていたので、木の枠組みに質素なマットが乗っただけのベッドに慣れずに目が覚めてしまったのだった。
 せっかくのベッドがなんだかもったいない。
 貧乏性な考えにかられながら隣を見ると、昨晩帰りが遅かったのか、ナオがあまりにも早起きすぎたのか、珍しくセツェンがまだ寝ていた。
 ちゃんとベッドを使っている。安心した反面、慣れないのは自分だけかとがっくりする。
 セツェンの髪が、青から緑だったのが緑から青に変わりつつあった。伸びるごとにアズが染め直していることを、彼女の家の暮らしで知った。この色のチョイスに、意味はあるのだろうか。
 何にせよ、いつも眠りが浅い彼が、すかすかと寝息を立てているのを見るのは珍しい。
(よく考えたら、ここは市街地だからそこまで警戒することないもんな……)
 この前のように、市街近くまで鉄グモが入り込むことが稀で、多くはそうなる前にほかならぬセツェンが始末をつけているわけで。
 だからここなら熟睡してもいい、という彼なりの基準があるのかもしれない。
(だとしたら、市街暮らしにも意味はあんのかなぁ)
 アズに世話になりっぱなしなのは申し訳ない。だけど、今まで落ち着いて寝る場所ひとつなかったのかと思えば、これも必要なことではあるのかもしれない。
「何ができるんだろなぁ……」
 ナオはまだ、自分にできることを、考えている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?