ルネの首タイトル

ルネの首 #5 生首ニートの資金調達

 ナオはルネの首を背負って、今日は子供たちをおいて少しだけ遠くにきていた。
『僕がついているから、悪いようにはしないさ。君たちだって、もっと稼ぎが必要だろう』
「まぁ、そうだけどさぁ」
 ルネがきてから、珍しい鉄を拾うことができてお金ができた。おかげで、比較的食べ物に恵まれた一週間を過ごしたのだが――。
 急にやたらと高価な金属を拾い集めてくるようになったナオたちのグループを、怪しむような空気が漂っている。
 他のグループは、縄張り争いが激しい。稼げる場所があるなら、奪いたいのが本音だろう。ナオたちのグループは、セツェンがケンカに強すぎるので、手出しをしづらいだけだ。しかし、セツェンだけが強いわけだから、小さい子が多いナオたちだけの時を狙われたら、普通に負ける。
『稼ぎ方にもコツがいる。逆恨みされないように、かしこく生きていくべきさ』
 ――というのが、本日のルネ先生のありがたい教え。
「そもそもさぁ、ルネってどうやってカネになるもの探してんの?」
『仕組みをいっても、今の君では理解しないのでは?』
 それを言われると返す言葉がない。
 しかし、納得がいくとも言っていない。
 結局、釈然としないままルネを背負って歩きはじめた。
 背負っていると、当然ルネの顔が見えなくなる。後ろから誰かが近づいてきたら、ルネを見てぎょっとするかもしれない。だから、ルネを背負っている間は、カプセルを工具入れの巾着袋に包んでいた。
 ルネの視界には今、何も見えていないはずだ。
 それなのに、見えているように彼は語り、実際、見えているとしか思えないほど正確にものの場所を把握している。
 不思議に思わない方がおかしい。
『僕の目はこの街のあらゆるところにある。視覚情報だけが見える世界ではないよ』
「どゆこと?」
『だから言ったじゃないか、理解できないと』
「うう、ちくしょう、何か悔しい。でも、あらゆるところってのは大げさじゃないの?」
『そうでもない。たとえば今、セツが何やっているのかも見ることができる』
「えっ? 何やってるの?」
『君がいうところのゲロジジイのところで、泥酔した酔っ払いをつまみ出したところだ』
「それ、単にそうかもしれないってことをテキトーに言ってるだけじゃないのぉ?」
『実際、現場を見せないことには信じさせようがない。これは悪魔の証明だな』
「なんで悪魔?」
『正確な用法ではないが、今のは、ありえないということが真実だと知る方法がない、というたとえばなしだ』
 結局どうして悪魔なのか、という疑問の答えにはなっていない。とりあえず、ルネは何らかの方法でこの下層のどこに何があるのか大体知ることができる、ということのようだ。
『下層には、上からの落し物の他に、アラクの残骸、旧市街の遺物がある』
「きゅーしがいのいぶつ、あらく……」
『大昔は、この街は上層と下層に分かれていなかった。もちろん地下にも。その当時の残り物みたいなものが、ところどころに顔を出しているわけだ』
 ナオが生まれた頃には、上層はもう空に浮かんでいた。そうなる前があったらしい。
 今では、上層と繋ぐのは数か所の『テンソウキ』と、『空飛ぶ船』だけだ。空飛ぶ船は、たまに下層を焼いていく『浄化』をするので、ナオたちには天敵と言える。
「で、アラクって何?」
『アラクは、下層に出る巨大なクモのような動物だな。人間を襲うだろう』
「あー、あの鉄グモのこと?」
『鉄ではないが、金属質を持つ八本足の甲殻動物なので、その認識でもいいだろう』
「よくわかんないけど、アイツがいるとどうなの?」
『地上ではアラクが出没して人間を食べるから、金と地位のある人間は安全な上層を作った。アラクが出るようになる前は、下層も上層もなかったということだな』
「あー、だからあいつら、わざわざ空の上にいるの?」
『だが、上層にいられる人間の数には限りがある。溢れたら、下層行きだ。だから、できれば下層を安全にしたい。上は今、下層に住んでいる人間のことなど気にしないから、危険なアラクを全部、一気に始末したいと考える』
「え、ぼくらそれで燃やされてんの? マジとばっちりじゃん。お前らが燃えろよ」
『ま、そう思うのは無理もないな。ここからが大切なところだが、アラクの……人間でいうところの心臓からは、ある条件下でエネルギーを放出する物質が採取できる。それと、アラクの外殻の金属質は、非常に有用な資源でもある』
「ん? ちょっと難しい話になった?」
『要するに、アラクは人を食いちらかす厄介で危険な動物だが、死んだら役に立つものを残す。アラクをたくさん殺せばカネになる。が、下を気まぐれに焼いたところで、上が回収できるのはごく一部だ。……つまり、僕らが横取りする余地はあるわけだな』
「うーん? 上の連中が回収しそこねた鉄グモの残骸が、めっちゃカネになるってこと?」
『そういうことだ。よくわかっていると思うがこの方法は危険だ。そのまま上層に売りつけると、足がつくしな。子供の安全第一なセツは、知っていてもやらせないだろう』
 なるほど、だからセツェンは「知っているけど教えない」と言ったのだ。鉄グモの残骸がある場所は、鉄グモが出没する場所である。最悪、襲われて死ぬ。
 ルネの協力を得れば、鉄グモが近くにいないことを察知できるので、比較的安全にアラクの残骸を回収できていたということだ。
 そして、カネにすると足がつくということは、このやり方を続けるのは得策じゃないということ。実際、妙に羽振りが良くなったことで疑われている。
「でも、売れないなら、どうやってカネにするのさ?」
『君、僕が勝手に生首カプセルで、コロコロ転がってここまで来たと思っているのかい?』
「ええと、つま逃がした人がいる? ルネにも仲間がいるってこと?」
『仲間というよりは共犯だな』
「キョーハン……」
 キョーハンという言葉の意味を、ナオはまだ知らない。あんまりよくない意味だろう。
 だけど、ルネがひとりぼっちの生首ではないということは、少しだけ安心したような、だけど何だかさびしいような気持ちにもなった。
(そういえば、ルネの身体の方ってどうなってるんだろ)
 ルネへの疑問は次から次へと湧いてくるのだが、聞いてもわからないか、はぐらかされる気がして、深く踏み込めないでいた。

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