ルネの首タイトル

ルネの首 #15 知って見える世界

 幸い、エミルの怪我は大したことはなかった。
「でもねぇ、セッちゃん。やっぱしばらくはこっちで面倒見た方がいいと思うわけよ……」
「あのさ、アズ……そのセッちゃん呼び、本当にやめてくれないか?」
「ナオちゃんとキャロルちゃんに聞かれているんだから、今更でしょ? 細かいこと気にしない方がいいよ」
「いや、本当にやめろ」
 そんな会話を繰り広げながら、アズはキューブをしきりに弄り回している。どうやら、セツェンはともかく、完全に無関係な下層の浮浪児であるナオに貸し出したのは、本来まずいことらしい。
「独断専行のツケは自分で払うわ」
 ――とのことで、現在、必死に使用ログを消去・改ざんしまくっている最中、とのことらしい。
 キューブはアズが構造を理解して、組み立てているようで、ヘタな横やりを入れない方がよさそうだ。
 することもないので、アズとセツェンの会話を、子供たちと一緒に並んで聞いている。
「ルネ君もさ、上層の兵器、使っちゃったからさ」
 突然火種が飛んできて、ルネはやや渋い顔になった。ナオは夢中だったので気が付かなかったのだが、ルネはあの時上層の兵器を動かしたらしい。
 どうしてそんなことが可能なのか、ナオには理解できない。ただ、普通にヤバいのはわかる。
『ログはきちんと消した』
「いやいや、どこで使ったかわからなくっても、さすがに使われたことに気付かないほどアホでもないでしょ。下層に降りれば、目撃証言も取れるだろうし」
『お、下層の目撃証言については誤算だったな』
「お、じゃーなくてね。もう、セッちゃんの雑さがうつったんじゃない?」
「ついでみたいに俺を攻撃するな」
「いやだって、雑でしょ。セッちゃん、普通にしていればお利口さんなのに、こう、肝心のところで、殴れば黙る! みたいなところあるでしょ」
 ナオはやりとりを聞きながら、アズにとってもセツェンは「雑」な性格なのだな、と意味もなく感心した。
 なまじ物理で強いので、最終的に「考えるよりもやった方が早い」になるのが、セツェンなのである。
 だけど、それを言ったらげんこつのひとつくらいは飛んでくる予感がしたので、ナオは口をつぐんだ。空気は読む。
「とにかく、今回のことは私で何とかごまかしておく」
 アズがキューブから目を離して、じっとセツェンを見つめる。彼は若干ばつが悪そうな顔になって、彼女から目をそらした。
「不本意だとは思うけど、しばらくは私の管轄の範囲で暮らしてほしいの。ルネ君のことで、うちの過激な連中と、上の奴らとの鉢合わせバトルとか嫌でしょ?」
「まぁ、それは……俺も嫌だ」
「エミル君の怪我もあるしね」
「治療費は俺が出す」
「そういう問題じゃないの! 大丈夫。救済機関も、できればアラクがらみは、私たちに丸投げしておきたいはず」
「そう言ってもな……」
 とにかく、セツェンは市街地にいたくない様子だ。ナオも気持ちはわかる。早くあのみんなの隠れ家に帰りたいけれど、多分もう帰れないのだろうな、ということもわかる。
 ルネの存在がバレるとまずい。……ということは、恐らくルネと関わったナオたちもまずいということなのだ。
 ルネを拾ったのはナオだ。ある意味ナオの責任、ともいえる。だから反論の余地はない。
 だからと言って、ルネを拾わなければ良かったのかといえば、そうも言いきれない。ナオにとって、ルネはもう仲間だ。セツェンだって「仲間」だと言った。ルネはもう、グループの一員になってしまっていて、今さら都合が悪いから知らぬフリなんてできない。
 ――仲間なのだから、裏切らないのがルールだ。
「ま、私たちは元々下層の人と付き合いがあるわけだし? 大した探りはいれてこないんじゃないかなー。ただ、あの二人には言っておかないとだけど」
「ああー、あの二人……」
 あと二人、誰かいるらしい。アズとセツェンの口ぶりを見るに、あまり関わりたくはなさそうだけれども。
 セツェンが、ちらとナオに目配せをする。アズと二人にさせろ、という圧力を感じ、ナオはエミルを抱えて、キャロルとイサを隣の部屋へと追い立てた。
 ふわふわと、ルネが後ろからついてくる。
「ルネは聞いてなくてもいいの?」
『あとで必要なことは聞く』
『それに、大元のシステムにアクセスした時に、ついでにこの救済機関とやらのデータもあらかた拾ってきたぞ』
「ねぇ、それ、本当にバレないの?」
 ついさっき、下層の人間の目撃に関して、想定外だったと言ってのけたのはこの生首である。疑いの眼差しを向けると、彼はニヤニヤと笑って見せた。本当に、悪い顔をするようになったものだ。
『だいぶ派手にやり返したから、簡単には探れないはずだ。後で愚痴られるが、僕も割をくったからおあいこだな』
「愚痴られるって、例のキョーハンの人に?」
『その通り。そもそも妨害していたのも共犯だろう』
「ん? ルネ、味方に裏切られてたってこと?」
 それはそれで、穏やかではない。上層にはルネの味方がいないということになってしまう。
 だけど、ルネはすぐに『そうでもない』と否定した。
『向こうは僕を逃がしたことを、まだ知られたくないはずだ。だから、表面上僕を探す、僕を邪魔する風に見せなければならない。そのために妨害をしかけた』
「つまり、ヤラセだったってこと?」
『そういうことだ。時間をかければ、僕がやり返せる手段は用意されていた。最悪のタイミングだったことについては、文句のひとつも言いたいがね』
 追及をごまかすために、ルネが簡単には上層の機能を使えないように細工をした。それがたまたまイサたちの捜索中だったので、ややこしくなったのだろう。
 そして、用意された抜け道を使ってやり返したついでに、データももらって兵器を動かして鉄グモの足止めを行った。後のことは、ナオが知っている通りである。
『僕だって、アラクに何度も蹴り飛ばされるのはごめんだからね。これで色々焦っていたんだ』
「……本当、よく壊れないよね、そのカプセル」
 鉄グモに吹き飛ばされた時は、本当にもうダメかと思った。しかし、カプセルには傷のひとつもないのである。
『衝撃に関しては、相当丈夫にできてるから安心しろ』
 叩いたら怒るくせに。カプセルそのものの丈夫さと、中でルネが感じる不快感が別なのはわかるけど、何だか納得がいかない。
「セツ兄の武器を使ったら切れるんだよね……?」
 少しばかり意地悪するつもりで囁くと、ルネの表情が一転して真顔になった。
『試すなよ?』
「試さないって」
 本当に、まずいらしい。ルネの意外な弱点である。
 ルネが拗ねたように黙り込んでしまったので、ナオは重い空気を振り払うように窓を開け放った。とはいっても、見えるのは薄汚れた建物ばかりである。
 下層の市街地の中でも、この隠れ家はかなり一等地といっていい場所にある。その分、下層らしい雑然とした瓦礫や廃屋の群れもあまりなく、ただひたすらに古い建物が見えるだけだ。
「市街地って息が詰まるなぁ……アズさんには悪いけど」
「でもアズさん、キャロルにリボンくれたんだよ、ほら!」
 キャロルがひょっこりと横から顔を出して、半端に伸びた髪に結ばれた、小さなリボンを指差す。ナオたちを待っている間に、アズからお下がりをもらったらしい。
 あまり人からものをもらうクセをつけたくはないが、喜んでいるところを叱るのもしのびない。ナオは男の格好と口調に慣れてしまったから、今更女の子らしい格好に憧れはしないけど、キャロルがかわいい格好をしたいと思うのを止めたいわけではないのだ。
 アズのことは、いい人だと思っている。
 まだよくわからないけど、少なくともセツェンが信用しているのだから、信じていい。
 わからないことはわかるようになる。
 知識は役に立つ。
 何も知らなければ、何も信じなければ、イサとエミルを助けようとは思わなかった。
「もっと頭よくなりたいなー」
『そこは君、ルネ先生の出番じゃないか』
「いや、本当感謝してるよ。ルネ先生さまさまだよ」
『本当にそう思っているのか?』
 ルネはナオの横をすり抜けて、窓の外に飛び出した。
「あ、おい、勝手に出歩くなよ。見つかるだろ?」
 機密情報のくせに、気軽に外に出てくれるな。慌てて手を伸ばしたら、生首カプセルはひょいと避けた。腹が立つ。
『近場に人の反応はない』
 そんなこと、ナオにはわからない。勝手なことをして、セツェンがまた渋い顔になるのが目に見えるようだ。
 だけど、同時になんだかバカバカしくなってきて、それでもいいか、とも思えてきた。
 結局、今回の一件でも鉄グモを倒したのはセツェンだけど、イサとエミルを救う判断をしたのは自分だ。
 セツェン一人に全部任せていた自分から、一歩進んだ。
 ナオはナオの意思で生きている。セツェンのために生きているわけではない。
 セツェンだって、本当はもっと子供たち以外のことを気にしていいのだ。ナオがその分子供たちのことを肩代わりすればいい。それはナオがそうしたいからやることだ。
 今までずっと、何もできないと思い込んでいた。頼りにしてもらえないと、勝手に拗ねていただけだった。
 変わらなければ。変わる方法はもう知っている。
 ルネを追って、窓から身を乗り出す。
 ルネが何から逃げているのか、システムがどうのとか言っていた。真相がわかる日はくるだろうか。来なくても別にいい。ナオはナオの意思で、ルネを助ける。
『ナオ、意外と眺めがいいぞ、ここ』
 屋根から、ルネの声。
「ホント?」
 窓のすぐそばに雨どいがあったので、ナオは身を乗り出して、そこから屋根へとよじ登った。
「ルネとナオだけずるい」
 キャロルが窓から顔をだして、ナオに向かって不満を言ったが、イサが「やめろよ」と止めてくれた。
 彼も学んでいる。自分にもできること、挑戦していいこと、ダメなこと。今回の一件で、色々と思うところはあったのだろう。
 屋根に上ると、下層市街の灰色と茶色が織りなす建物の群れが、郊外の方まで続いているのが見えた。
 空を見上げれば、届かない場所にある『上層』の底面。
『あそこからアラクを撃ったんだぞ』
「いや、それ、バレないと思ったの?」
『足止めに貢献したんだから、少しは感謝してくれ』
「ありがとう」
『どういたしまして』
 しらじらしい感謝の言葉を、ルネは得意げに受け止めた。
 ナオはルネの首を膝の上にのせて、自分はその上にあごを乗せる。
 破壊と再生を繰り返してきたツギハギの街。
 だけど、確かに、良い眺めだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?