ルネの首タイトル

ルネの首 #1 生首ニート拾いました

 ナオは、路地裏でそれを発見した。
 奇妙な円柱形の物体で、持ち上げると意外に重い。
 試しに揺すって見ると、チャプチャプと水音がした。そして、何かが中で動いた気配。
『おい、ソザツに扱うな』
「なんか聞こえた」
 声がしたような気がする。正直、気のせいだと思いたい。だけど好奇心は刺激されてしまい、円柱をくるりと回してしまった。
 後悔した。それと目があったからだ。
 円柱の中には薄青い液体と、少年の首が入っていた。
 思わず放り投げると『あいだっ』という間抜けな声も聞こえてきた。やっぱり何か声を発している。
「なんかしゃべった!」
『人を放り投げといてもっとマシなゴイはないのか?』
「ゴイ? ゴミ?」
『ゴミじゃない。ハイキブツではない。君は言葉を知らないのか』
「何かエラそう! やだ!」
 正直な感想を述べて、ナオはじりじりと円柱から距離をとる。いつでも逃走可能。
『そこは素直に拾ってくれ! ……いや、拾ってください』
 やや下手に出はじめた生首IN円柱に、ナオもやや嫌悪感を削がれてきた。
 もしかしてこの生首、意外とノリが軽いのでは?
「ええ……でもさ、拾っても生首とか飼えないし」
『シイクするつもりだったのか。僕はアイガンドウブツではない。エサは不要だ』
「さっきからちょいちょいよくわかんない言葉出てくるけど、どこのナマリ? 地下?」
『下水暮らしのナンミンと一緒にするな』
 確かに、下水道や地下道で暮らしている人間と一緒にするのは、生首が相手でも失礼だったかもしれない。素直に反省した後、ナオは我に返った。そういう問題ではない。
「だって何で首だけなのかわからないし、フツーにやだよ、首と一緒なんて」
『まぁ、待て。キョクロンで言えば、人間、首から下は必要ないと思わないか?』
 いや、必要あるし。生首だけで生きているのが、まず意味わからないし。
 ナオはしばし考え込んだ後、考えることを放棄した。意味がわからないものはわからない。どうしようもない。
「ちょっとよくわからないから、やっぱ捨てておいていい?」
『まぁ、待て。僕は役に立つぞ。今はニートだが、絶対に君の役に立つ。何せ頭がいい』
「お腹すいたからもう行く」
『待て。ちょっと運ぶだけでいいから』
「別に得することもないしー」
『お得は保証する。僕は頭がいいので、この街のシステムは大体わかる。君の役に立つ!』
「二回も言った」
 ナオはあんまりにもよくしゃべるこの生首のことを、もうちっとも怖いとは思わなくなっていた。危険があるようにも思えない。攻撃できる手段があるなら、とっくにナオは死んでいる。そして、エサもいらないならまぁいいか、と思った。
 ナオには仲間はいるが、家族はいない。話し相手が増えるのはいいことだ。
 ナオは難しいことを考えるのが嫌いだった。シンプルに、面白いならいいか、と言う気持ちになっていたのだ。
「ところで、君、名前は?」
『名乗るほどのものではないが、仮にルネとでも呼んでくれ』
「ぼくはナオ。この近くに仲間と一緒に住んでる」
『それではナオ、さっそくで悪いが……ジュウデンできるところに連れて行ってくれ』
「じゅーでん?」
『そこからか!』
 かくして、ナオは生首ルネと共に行くことになってしまった。
 それが後々、どんなことになるのか考えもしないで――。
 そして少し後には、ナオはもうこの生首を拾ったことを後悔し始めていた。
 何せ重い。意外と重い。頭ひとつに液体が入った金属製の何か。普通に重い。
「お前、もうちょっと痩せろよ」
『生首に無茶を言うな。究極のダイエットだろう。身体がないんだぞ』
「じゃあ、自分で歩いてよ」
『ジュウデンが切れた』
「さっきから言ってるけどじゅーでんって何」
『電力をほじゅ……、難しいか……このカプセルにとってのエサが切れた。首にはエサがいらないけど、自力で動くのにはエサがいる。君は寝ているよりも走り回る方がおなかすくと思わないか」
「なんとなくわかったようなわからないような……」
『この知識レベルか……』
「ねぇ、重いから中の水捨てられない?」
『やめろ、それは本当に死ぬ。僕のセイメイイジはこの水で行っているんだ』
「せーめーいじ」
『頼むからもう少し言葉を覚えるか、もう少し言葉を知っている人のところにつれていけ』
「しかたないなぁ」
 偉そうな生首に命令されながら、渋々走った。
 ナオは孤児でひとりぼっちだ。この路地裏ではそう珍しいことではない。むしろ家族がちゃんとそろっている方がレアだろう。
 とはいえ、大人のようにはまだ働けないので、仲間と集まって生活しているわけだ。
 仲間の中には文字の読み書きができる、頭のいい子供もいた。
「大丈夫かなぁ、生首は飼えないよ、ホント」
『そもそもペットじゃない』
 ルネの抗議を、ナオはひたすらに聞き流した。
 聞いても意味がわからないし、損をすることもなさそうだ。
 学のないナオだったが、不思議と自分にとってどうでもいいことを嗅ぎ分けることだけには、自信があるのだった。

「もといた場所に帰してきなさい」
 ナオの腕の中にある生首を見た少年が淡々とそう述べた。
 彼はセツェン。ナオの仲間たちのリーダーだ。髪を明るい緑から青の奇妙なグラデーションに染めていて、遠目に見てもすぐに居場所がわかる。ちなみに、緑の部分が伸びて下にきたら、今度は上が青くなる。ローテーション制らしい。
 とりあえずナオにとっての目下の問題は、生首を持ってきたことに対する言い訳である。
「セツ兄、飼うわけじゃないよ。この生首かわいくないから」
『おい、ペットじゃない。それとかわいくないとはなんだ』
 生首――仮名『ルネ』は、何やら不満そうにしている。確かに、顔だけを見れば綺麗な顔をしている、と思う。ただ、生首な時点で圧倒的に可愛くはない。
「何かじゅーでんすればいいって言うから持ってきた」
 セツェンは、呆れ半分、心配半分といった様子で、深くため息をつく。
「ナオ、生首が生きて喋ってる時点で、どこかの研究所が棄てたか、そいつが逃げたかのどっちかだ。巻き込まれる前に捨ててこい」
 セツェンが追い払うように手振りをするのを見て、生首、もといルネは感心したように笑った。どうやら、セツェンに興味が湧いたらしい。
『君はだいぶ頭がいいなぁ』
「生首に褒められてもうれしくない」
『まぁ、そう言うな。ひとまず自力稼働できるだけの電力をくれ。そうしたら君たちに迷惑をかけない。とはいえ、僕と一緒にいることは、君たちにとって非常に有益であることは保証するけれどね。研究所のことを知っている君なら、少しは話がわかるかな?』
 ルネの言葉に、セツェンは額に手を当てた。よくわからないけど、とりあえずルネはセツェンに何かしらの取引をしたいようだ。
「……ナオ、ちょっと向こういってて」
「はぁい」
 何の話をするのか気になったけれど、ナオは素直に従った。セツェンがルネの入った円柱を持って外に出ていくのを見送る。
 ルネがセツェンと何を話したのかはわからない。
 ナオはまだ、文字も半分くらいしかわからないし、このグループで「難しいこと」が理解できるのは多分、セツェンだけだ。だから、セツェンが話すべきだと思ったのなら、多分必要なことなのだろうと思う。
 しばらくして、セツェンがルネを抱えて戻ってきた
「不本意だけど、確かにルネは俺たちにとって役に立つ。しばらくは置いておこう」
「え? セツ兄、生首を飼うの?」
 意外だった。セツェンが、こんなよくわからない生首の取引に、応じるとは思わなかったからだ。
『君はまず僕が小動物じゃなく、知性を持った生命体である事実を理解してもらおうか』
 ルネの抗議を、ナオは呆然と聞き流した。
 グループの一員に、生首のニートが増えてしまったのだ。どうすればいいのだろう。
 しかし、何やら頭を抱えているセツェンを見ていると、連れてきたのが自分である手前、今更嫌だとも言えなかった。

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