ルネの首タイトル

ルネの首 #13 いつかの面影

 ナオが迎えにいった時、キャロルはしばらく驚いて目を白黒させていた。当然だ。ナオとルネだけではなく、セツェンと知らない人も増えたのだから。
 アズが優しく愛想よく接していたので、すぐに安心した様子だった。下層で暮らしていくのだから、あともう少しの警戒心が欲しい。
 とはいえ、ナオもセツェンが信頼しているのだから、と簡単に納得したのだから、あまり強くは言えまい。
 案内されたアズの隠れ家は、特に誰がいるわけでもない、古びたマンションの一室だった。彼女が言うには、システム警備はされているし、アラクもそうそう壊せない建物なので大丈夫、とのこと。
「君たちを連れてきたことに関しては、セッちゃん絡みってことで、テキトーに話しつけとくね」
「結局、俺が尻をぬぐうのか?」
「大丈夫。私は下層の調査も仕事のうちになってるもの。それに、あいつら基本的に下層に関わりたくないと思ってるから、さして気にしないと思う」
「そういう問題か」
 セツェンはアズに対してはだいぶ気安い。
 彼女が年上だからなのかもしれないが。
(何か、みんなのリーダーやってないセツ兄見るのって、不思議な気分だなぁ……)
 それと共に、やっぱり自分は頼られてはいないのだな、と少し悔しい気持ちにもなった。
「ねぇ、ルネ。イサたち見つかりそう?」
 気を紛らわせるように尋ねると、ルネが『うーん』と難しい顔をした。
『ジャミングされてる』
「じゃみんぐ?」
『探すのを妨害されてる。上は僕が下層に逃げ延びたのには気づいているだろうから、僕が下層で活動しづらいようにしたのかもしれないな』
「こ、このタイミングで?」
『全くだ』
 鉄グモがまだ残っているなら、すぐにでもイサたちの居場所を特定しなければならないのに、こんな時に邪魔をしてくるなんて。空気を読んでほしい。
「ルネ、大体の場所でもいいから教えろ。俺が探しに行く」
『では僕も一緒に行こう。時間はかかるが、妨害をかいくぐる方法がないわけではない。生体反応が近ければ、わかる情報も多いだろう』
「じゃあ僕が背負うね」
「『ナオはここにいろ』」
 自然な流れでついていこうとすると、セツェンとルネの声が綺麗にハモった。
「何でさ。ルネの動力切れたらどうすんの!?」
『そんな簡単にエネルギー切れはしない』
 ここにきてルネに拒否してくるとは思わなかった。あれだけ人を運び役にしておきながら、何をいまさら。
「探しながら移動するのって大変だろ? ぼくが背負っていれば、ルネは探すのに集中できる。アズさんはここを離れるわけにいかないじゃん?」
 この場所に匿ってもらえるのは、アズがこの隠れ家の使用権を持っているからだ。
 システム警備とやらの仕組みがどうなっているのか、ナオにはよくわからない。が、要するに中に誰がいるのかわかる仕組みになっているということだ。アズがいなければ、浮浪児が勝手に入り込んだ、と判断されるかもしれない。
「少なくともぼくなら、自力で鉄グモから逃げられるよ。適任だと思うけれど」
「危険に首を突っ込むな。さっき死にかけたばかりだろ」
 確かに、ルネにカプセルでタックルされていなければ、」ナオもルネとお揃いの生首になっていたことだろう。ただし、ナオは生首になったら普通に死ぬ。
 だけど、それは迷子になっている二人も同じだ。
 戦う力がたまたまあるだけで、セツェンも同じだ。
 ナオは、ナオにできることなら、何でもやりたい。
「んー、セッちゃん、私はナオちゃんの提案、けっこういい線いってると思うなぁ」
 意外にも、アズがナオの側についた。これは予想外だったようで、セツェンは「へ?」と気の抜けた声を上げる。
「私が行くと、ここでキャロルちゃんを保護した意味がないし、サポートできないし」
「俺は独りでもアラクを倒せるって」
「そうやって、全部セッちゃんがどうにかしようっていうの、セッちゃんに何かあったら、みーんな全滅するって言ってるのと同じだからね」
 セツェンが「うーん」と唸り声をあげる。
 ナオたちだって、普段は似たようなことを考えているし、実際言っていると思う。それには耳を貸さないのに、アズの言うことは聞くらしい。
 ナオは彼の後ろでこっそりと、頬を膨らませた。
「ナオちゃんなら単独行動できるんでしょ? 私のキューブを貸すよ」
「勝手に貸したらまずいだろ、それ」
「後でデータ消すから大丈夫。一時的に、使用権利者をナオちゃんとセッちゃんにする。そうすれば、キューブ同士で連絡を取り合えるから、ルネ君かセッちゃんのどちらかが見つけ次第、合流できる。効率的ぃ!」
「でも、アズ……」
 なおも、言い訳を探している風のセツェンを、アズは肘でぐいぐいと押す。
「セッちゃん、こうしている間にも危険は迫っています。さぁ、レッツゴー!」
 そして、くるりとターンして、ナオの方を掴んだ。
「あ、ナオちゃん。キューブの使い方教えるね!」
「はぁ……」
 やっぱり賑やかな人だ。そして強引だ。苦手ではないが、圧倒される。セツェンがいいように扱われている理由は、別に彼女を信頼しているからだけではない気がしてきた。
 アズが浮遊する四角い立方体を、何やらカチカチとボタンを押して操作する。レンズがある部分を、ナオとセツェンに向けると、キィィィ、と音がした。
「はい、登録完了。もう使えるよ」
「え? こんだけで?」
「カメラから取り込んだ、二人の情報をいれるだけだから。最初から、対人攻撃ができない、数秒くらいはアラクの足止めができる程度の攻撃ができるようにセットしてある。これから教える魔法の呪文、覚えてね」
「魔法の呪文?」
「センメツタイショウエフキドウ」
「センメツタイショウエフキドウ?」
「その呪文をとなえたら、大体のこと解決すると思うから、アラクにあったら言って」
「え、ええ……?」
「エフの部分を間違うと、別のものを壊すので呪文は間違えないで」
「う、うん……?」
「それと、連絡する時の呪文は、キューブエーツウシンカイシ。さぁ、覚えたかな~?」
「キューブエーツウシンカイシ!」
 何だか、ナオもノってきてしまった。普段だったら、あからさまな子供扱いはムッとするところなのに、アズの場合、セツェンが相手でも誰でもこのノリなのだろうという気がして、どうでもよくなってくる。
「うーん、理解早くて助かるぅ。ナオちゃん、頭いいね。セッちゃんの教育のたまもの?」
「……どうも」
 なし崩しにナオの同行を認めることになったセツェンは、もはや諦めきった表情になっていた。
『どちらかというと、そこはルネ先生の功績なんじゃないのか? ん?』
 さりげないルネの抗議をしれっと無視して、セツェンはため息まじりにスライサーを手に取った。
「仕方がない。手分けをしてイサとエミルを探すぞ」
「はーい!」
 元気よく返事をすると、セツェンのため息はますます深く、長くなったが、ナオは気にしていない。
 役に立てるのなら、それでいいのだ。

 最後に、ルネがイサたちの居場所だと推定した場所まで来ると、セツェンは周囲を確認した。
「ナオ、この建物の塀沿いに探せ。ここの塀なら一区画ごとに、補強用ブロックがある。お前ならそれを登って、一時避難できる。イサかエミルのどちらかでも見つけるか、鉄グモが出たら連絡しろ」
『僕はどちらについていく?』
 ルネの問いに、セツェンはナオを指差した。
「俺は偶然鉄グモに遭遇しても何とかなるが、ナオはそうじゃない。妨害があっても、ルネの方が鉄グモに気付きやすいだろう。何せ宙に浮く」
『確かに。妨害をすり抜けるか、僕が上から高見した方が早いか、どちらだろうね』
「見つかればどっちでもいいじゃん。早く行こうぜ」
『ごもっとも』
 ルネはカプセルの中で苦笑いだ。
 ひとまず、いつも通りにナオが背負うことになるが、いつでも留め具を外せるようにしておいた。外れやすくはなるが、いざとなったらルネには勝手に逃げてもらわなければならないからだ。
「俺も見つけたら、そっちのキューブに連絡するから」
「うん、わかった」
 アズから借りたキューブは、何もしなくても勝手にナオの後を追って浮遊している。本当に、ナオのことを持ち主だと認識しているらしい。
 セツェンと二手に分かれて、ナオは塀沿いを駆けていく。もちろん、隙間に二人が隠れていないか、鉄グモから逃げようとして高いところに上っていないか、捜索しながら。
(できれば、ぼくが見つけておきたいけれど)
 結局、セツェンに頼ってしまった。
 子供たちを任されたのは自分なのに。
「ルネ、近くにきたらわかったりとかしない?」
『そうだな。本当にこの近くなら。生体反応を総当たりした方が早そうだ。幸い、この辺りは人も多くなさそうだし』
「鉄グモを探し当てるなよ?」
『いや、妨害があってもさすがに人間とアラクは間違えないぞ? 大きさが違いすぎる』
 そんなに、簡単に違いがわかるのだろうか。
(ルネって、本当にどうやって外を見てるんだろ? 多分センサーっぽいものがあるんだろうけど)
 今はカバーをかぶせていないけれど、背負っていても、浮遊していても、彼は周囲の様子は適格に把握している。
 カプセルの中に入っているわけだから、視界が広いようには見えない。ルネは様々なことを知っているだけではなく、不思議なことをたくさんできる。
 ――正直に言えば焦っていたのだ。
 役に立ちたいのに、役に立てない。ルネが『役に立つ』ので、余計に自分も何者かにならなければいけないような、そんな気持ちになってしまう。
 独り立ちだってまだできない。
(セツ兄はどうして、ぼくを助けてくれたんだろう)
 ナオが来る前にも、何人かはいた。だけど、明らかに年下だったのは、思えばナオが最初だった気がする。
 一人になった子供はすぐ死ぬから――。
 瓦礫だらけのこの街を、手を引かれて歩いた。青と緑の変な色をした髪が、周囲の灰色の景色から浮いているように見えたのを覚えている。
「研究所に売られた兄弟がいただろ」
「いたけど、よく覚えてない」
「残念だけど、諦めた方がいい」
 それがセツェンとの、最初の日の思い出だ。
(あの時、どうして「研究所」の話をしたんだろう)
 おぼろげな記憶ではある。だけど兄弟の名前も顔も良く覚えていないのに、当時五歳かそこらだったナオが、研究所の話をしたとは思えない。
 連れて来られたあの日のことを、ナオはよく覚えていない。両親は、下層の人間同士の諍いで死んだ。ぼんやりと酔っ払いのケンカのように、雑な記憶で塗り替えていたけれど、そんな状況ではなかった気がする。
(何で……どうしてだっけ、そうだ。アレ、「浄化」の時だ。鉄グモが増えすぎたから、上層が街を焼いて……)
 あの頃は、今よりも頻繁に「浄化」があった。上層が、下層に増えすぎた鉄グモを始末するために、街を焼く。
 鉄グモに食い殺されるか、人が放った火で焼かれて殺されるか。いったい、どちらがマシなのだろう。
 わからない。だけど、我先にと逃げていく下層の者たちは、子供や老人を踏み殺していても気にしない。頑丈そうな建物に逃げ込もうとして、我先にと駆け込んで、入り口で入れなかった人間たちがなぐりあって、また死者が出る。
(そうだ、親もそれで……逃げてるやつら同士で暴動みたいになって、ぼくのことなんて放り出して、でも死んで)
『おい、ナオ……!』
(その時、セツ兄が……)
 ――ごめん、妹だけでも助けるから。
 突然、抱き上げられた。気づいたら暴動からどんどん遠ざかっていた。
 謝りながらナオを抱えて走って、助けてくれた少年。
 青と緑の、変な色の髪。だけど、綺麗な色だった。
(妹、妹って……兄弟のこと、知ってた、セツ兄が)
 足が止まる。何故急に思い出したのだろう。アズとセツェンのやり取りをみてぼんやり形になってしまった。
 売られてしまったナオの兄弟。名前も顔もよく思い出せない。あれから生きることに必死で、ただ必死で。
『ナオ、逃げろ!』
「え? ええ?」
 ルネの声で、我に返った。
『アラクが近くにいる!』
「ひえっ!? 早く言ってよ!」
 思い返していたはずの危機的状況が、現実にとって代わる。慌ててきょろきょろと周囲を見回したが、すぐそこというわけではないらしい。そこまで近づいているなら、それこそルネはナオの頭にカプセルをぶつけるくらいはしていたかもしれない。
『何度も呼んだのにのんきに考え事をしていたのは君だ!』
「ごめんって。とりあえず逃げる!」
『走りながら、キューブでセツに連絡しろ』
「え、えーと魔法の呪文……」
『キューブA通信開始』
「きゅーぶえーつうしんかいし!」
 ナオの肩周りを浮遊していたキューブAが、チカチカと数回ランプを点滅させた。
『ナオ!』
 セツェンの声が、キューブを通して聞こえてくる。ナオの代わりに、ルネが応答した。
『アラクの方が先だったぞ。場所はわかるか?』
『キューブBが案内してくれる。ナオをつれて逃げろ』
 慌てふためいている間に話が進んでいて、ナオはルネに追い立てられるままに塀の脇を疾走し、倒壊防止用のブロックを足掛かりにして上によじ登った。
『そのまま塀の上を走って、北に抜けろ。そちら側の方が高い建物が多い』
「う、うん」
 塀の上を走りだす。鉄グモはどのあたりにいるのだろう。ちらりと、市街地の入り組んだ街路を見て――見つけてしまった。
 鉄グモが巨体を引きずって廃屋の一部を壊しながら進む。少し先に、エミルを抱えて物陰に隠れている、イサの姿があった。
(ここから走れば間に合う)
 ここにいればナオは助かるけど――でも。
 あの日、ナオを抱えて逃げてくれた人がいたから、今を生きている。
「助けに行く!」

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