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ルネの首 #20 思春期と三歳児の生首

「あれ、ナオちゃん……とリタさん。珍しい組合せだね」
 アズは出迎えるなり、目を丸くした。それはそうだろう。ナオだってまさかリタと一緒になるとは思わなかった。
『僕もいるからな』
「わー、ルネ君さすがぁ。ホイホイ出歩いてくれるわ……」
『褒めていないのは理解した』
「バレてないならいいけどさぁ」
 愚痴を言いながらも、アズはすんなりとリビングに通してくれた。つい最近まで、子供たちと一緒に雑魚寝をしていた場所だ。
「今はセッちゃんもいないし、女子だけの場だから気楽に話してちょうだい」
『僕もいるのだが……』
「あ、ルネ君もいたか。一応…………男?」
 アズが首をかしげる。ナオも、ルネを袋から出してやりながら首をかしげた。
「っていうか、生首に性別あんの?」
『生首である以上、性別は自意識の問題でしかないと思うのだが』
「ジーシキ?」
『自分の気持ちの問題ということだ。遺伝子上の性別で言えば、一応男性にあたらないことはない』
「イデンシ?」
『生まれた身体は男性の形をしていたが、実は男性でも女性でもないし、両方とも言える』
「ごめん、ぜんっせんわからない」
「あたしもわかんない」
 ナオは理解を放り投げた。隣で、リタも一緒になって放り投げている。だけど、アズは違うらしい。
「んー、それって、性染色体の話? XXY?」
『アズはさすがだな。元々、一人の人間の遺伝子データを元にして、同じ遺伝子で男女が分かれるように作られたうちの男型の方が僕だ』
 そういえば、とナオは思い出した。
 ルネには「かたわれ」がいると言っていた。それが、ルネのいうところの「女型」の方ということだろう。
『一卵性双生児のようなものだな。同じ遺伝子配列を持つ兄弟。無論、本来ならば一卵性で男女にはならないのだが、僕は人の胎から生まれたわけでもない』
「難しくてやっぱわかんない」
『わからなくても大して困らないさ。当面、僕は男だと思ってくれていていい』
「んー、わかった。そうする」
 何となく男だと思い込んでいた。ナオのように単純に男っぽい格好だという問題でもなさそうだし、深く考えるのはやめておく。
 それはともかく、本題だ。何も、ルネの性別を考察しにきたわけではないのだ。
「あのね、アズ姉。ぼく、セツ兄のサポート役をできないかなって思って」
「あー、うん、そんな感じだろうとは思っていた」
 アズは半分苦笑いになって、はぁ~と大げさなため息をついて見せる。
「ナオちゃんには、危ないことしてほしくないのよね」
「あー、うん、ごめん」
 思わず謝ってしまった。アズは慌てたように「いやいや」と首を横に振る。
「本音はそれだけど、正直なところセッちゃんに負担かけすぎなのは事実だから、ダメとも言いづらいのよ」
「あたしっていう、下層民でサポート役やってる実例見せちゃったしね」
 まさに、ナオがサポート役という明確な目標を持つきっかけになったリタは、自分の立場を完全に察した様子だった。こちらも苦い半笑い。
「それね~。いや、リタさんに会わせたの私だけど」
 苦笑いと苦笑いが向い合わせているのを見て、ナオもつられたように苦笑いになった。
 どこをどうやっても、現状でセツェン以上の戦力など望めないし、ナオがいきなりバリバリ活躍するというのも無理な話なのである。
『双方にとって少々意地が悪い言い方にはなるが――上層市民のアズが重傷、および死亡するリスクのある前線に立つよりも、浮浪児をかりだしてかわりにサポートをさせる方が危機管理としてはおすすめだぞ』
 今まで静観していたルネが口を挟むと、アズは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「ううっ、リアルなことを言わないで、ルネ君」
 ルネの言っていることは、ナオにも理解できる。下層民と上層民では、命についている値段が違うのだ。
 下層民は上層民にとって「ネズミ」だ。
 実験体。蜘蛛の餌。生ごみ掃除係。
 だから、上層民のアズが前線に出るよりも、ナオが出る方がよほどいい。少なくとも、他者にとっては。
「キューブを使えるようになったり、リタさんみたいに運転とかできるようになったら、ぼくでも手伝える?」
「うーん。実は私もちょっとそれを考えて、キューブの改良版を作ってるのよ。それをナオちゃんに任せて、私がオペレーションに回る方が、分担としては適切ね」
「おぺれーしょん?」
「私が部屋から、ナオちゃんに次何をすればいいか教えるってこと」
 まさか、そんなことができるとは。
 ナオにとってそれは、神様の言葉のように聞こえた。現状の問題を、全て簡単に、明快に解決できると思えたのだ。
『ナオの行動をアズが完璧にオペレーションできるなら、ナオの生存率もあがるな』
「あ、ルネ君そこで簡単に言っちゃいます? キューブを渡してハイ、解決~っていうほど簡単じゃないですけど!」
 アズの抗議に、ナオはやや出鼻をくじかれたが、生首は動じなかった。カプセルの内側から、ルネのうろんな眼差しがアズをじっとりと睨みつける。
『君は開発者兼、技術者だ。君がいなくなれば、誰がかわりをするんだ? 技術者が前線に出るな。こればかりはセツに同意する』
「んん……まったくその通りです」
 アズが再び机に突っ伏す。完全に敗北をしたようだ。
 そこにリタが追い打ちをかける。
「キューブを使うなら、あたしみたいに特殊な運転技術を覚えなくても大丈夫なわけでしょ?」
「……わかった、わかったから! ナオちゃん用のキューブ、大急ぎで開発するから!」
 がばりと起き上がった後、アズはしっかりとナオの肩を掴んだ。
「わかっていると思うけど、セッちゃんと一緒に行動するからってセッちゃんに合わせたらダメだからね? キューブを改良しても、あのレベルは無理だからね?」
「……はい」
 真剣な眼差しで熱弁されて、ナオはイキオイにのまれて頷いた。
 そもそも五階建てや電柱の上でも平気で跳んでくるセツェンに、完全に合わせろというのは無理な話である。
 隣で、リタが遠い目をしていた。

 それから数日後――。
 今日も子供たちは真面目に算数の勉強をしていて、ナオはまだ放置していた倉庫などを掃除していたのだが、そこにセツェンがやってきた。
 朝から仕事に出ていたけれど、昼前なのに戻ってきている。見回りだけで切り上げたのだろう。
「ナオ、アズんところいくぞ」
 このタイミングで、普段は自分から行きたがらないセツェンが、ナオを連れていく。つまり、アズからセツェンに話がいった、と見るべきだろう。
 内心、少し緊張しながら掃除の手を止めると、セツェンの青緑グラデーションの髪の上に、ルネが乗った。
「乗るな、うっとおしい」
『平和的に存在を主張した』
「まぁ、いいよ。そうでお前も一枚かんでいるんだろ」
『さすがにお利口さんだな』
「アズの言い方を真似するのはやめてくれ。血縁でもなければ義姉弟でもないからな。アレ、アズが勝手に弟扱いしているだけだからな」
『子供たちに向ける愛情のひとかけらくらい、彼女に分けてもバチはあたらないだろうに』
 その辺りを突かれると、セツェンも多少の理不尽を働いている自覚はあるらしく、やや怯んだように見えた。
「誤解するな。別にアズをないがしろにしてるわけじゃない。ただちょっと、姉貴面をやめてほしいだけで」
『つまり、思春期だな』
「思春期なんだねー」
 何となく微笑ましくなって、ルネの言葉に同意していると、セツェンの眼差しが一気に温度を下げた。氷の視線。
「すみません、調子のりました」
「わかったならいい。行くぞ、ほら」
「あっ、待ってよ、セツ兄」
 さっさと行ってしまうセツェンの背中を、慌てて追いかけた。アズの家にいくのに持ち出すものは特にないとはいえ、掃除途中なのをおかまいなしはやめてほしい。
 とはいえ、こちらの方が重要な用事なのは間違いない。埃で汚れた手や顔を、上着の袖でぞんざいに拭うと、ルネを背負う袋を拾う。そのまま小走りになって、セツェンの隣に並んだ。
「俺の仕事手伝いたいんだって?」
「あー、はい、ソウデス」
「別に怒らないよ。役に立ちたいって言ったのはナオだし、俺も別にそれは否定しないし。ただ……まぁ、できればもうちょっと安全なことを手伝ってほしいけど」
「デスヨネー……」
 ルネを袋に押し込みながら、ナオは乾いた声で返事をする。袋のなかから、ルネのエラそうな声が聞こえてきた。
『ナオだってそういう年頃なのさ。理解してあげたまえ』
 セツェンは呆れた表情で、袋の中を覗き込む。とはいえ、見えるのはカプセルの天井のみである。
「お前、俺やナオに対してめちゃくちゃ年上ぶった態度で話すけど、実年齢はいくつだ?」
『肉体の成熟度や知性の習熟度を度外視して、この世界に存在してからの年月で言えば三歳だな』
「さんさい」
「さんさいっていった」
 思わずナオとセツェンは顔を見合わせてしまったわけだが、ルネの声はあくまで得意げなものだった。
『実年齢なんて些末なことだろう』
「サマツってなんのことかわかんないけど、とりあえずぼくはエミルよりも年下に勉強教えられてたのかって思うと地味にショックだよ」
「俺は三歳児に思春期だと笑われていたのか」
『細かいことを気にするな』
「いや気にするよ。三歳児なんでちゅか」
 赤ちゃん言葉で尋ねてみれば、ルネの声音は一気に不機嫌なものへと変わった。
『撤回する。思春期だのなんだの言われるのがイラっとくる気持ちを、今少し理解したぞ、セツ』
「それはありがたいことだな……」
『で、結局、ナオに手伝いをさせること自体に、異論はないわけだな、セツ』
 ルネがやや強引に話を戻す。セツェンは微妙な顔をしつつも、ため息ひとつついて頷いた。
「いずれ、誰かはやらないとダメなんだ。そういう風にしてかないとダメだ……とアズに言われた。でも、手伝ってもらうには救済機関についてちゃんと話さないと」
「え? 救済機関関係あるの?」
 下層で鉄グモ狩りをしているのは、体面上は下層民を救うことを目的としている集まりだからだと思っていた。実際には鉄グモから上層のための資源を回収するためだと。
「救済機関は俺やアズたちが所属する団体。ナオが手伝うなら、ここに所属してもらわないといけない」
「う、うん……」
 サリトとリタも、所属は救済機関ということになっていた。鉄グモ退治の部隊は、全員所属するのだろう。
「ナオを働かせる許可自体は、俺やアズが申請すればすぐに通るとは思う。基本、俺たちには関わりたがらない連中だから。でも、たまに厄介な口出しをされることがある」
「え? そうなの?」
 アズの家に匿ってもらった時も、ルネは好き放題に過ごしていた。誰かが何かを言ってくることはなかったし、新居に移る時もそうだ。
 サリトやリタですら、アズが口添えするまで接触してはこなかった。だから、完全に放置されているものとばかり思い込んでいたのだ。
『ナオ、アラクが増えすぎた時、上層が下層を焼いてアラクを殲滅するのを見たことがあるだろう』
「あ、うん……。セツ兄に拾われた時がそうだったし、その後も何度か」
「救済機関の中でも上層至上の奴らは、機会さえあれば下層なんて焼き尽くしていいと思っている。だから俺は――俺たちは、鉄グモが一定量より増えない状態を保たなければならない」
「ええ、そんな理由……?」
『アラクが増えすぎたら、アラクに食われるだけではなく虐殺されるリスクも高まるということだな』
「……ちなみにルネ、あんまり知りたくないけどギャクサツってどういう意味?」
『一方的にたくさんの人間が殺されること』
「知りたくなかった単語ナンバーワンだよ……」
 少しだけやる気が萎えたのは秘密だ。わかっていたが、上層の人間のほとんどは、下層の人間のことなど少しも考えていないのだった。
「でも、鉄グモが増えすぎたら下層が燃やされる……ってことは、ほとんどセツ兄が一人で片付けている今って、すっごくまずいんじゃないの?」
「だからアズに説得されたんだよ。まぁ、俺はともかく、アズが死んだり怪我したら技術者とパイプ役がいなくなって、ますます困る」
『現状、セツが何らかの理由で戦線離脱したら、頼みの綱はアズのキューブやサリト、リタのコンビだからな。アズ以外が真剣に鉄グモ対策の兵器を作るとは思えないし、セツがつぶれたら下層が燃えるくらいの覚悟が必要だ』
「嫌な覚悟だね?」
『しかたがないだろう。セツがいくら強くても絶対安心とは言い切れない以上、少しでも戦力は必要だ。……尻拭いさせているようで、元上層の者としては多少心がいたまないではないが』
「心が痛むって、何で? 別にルネは鉄グモに関係ないんだよね」
『その辺を語りだすと日が暮れる。やめよう』
 ルネの乾いた笑い声が背中から聞こえてきて、ナオは「そうだねぇ」と乾いた笑みを口元にはりつけるハメになった。
 恐らくこれは、触れるとややこしくなるやつだ。
 ルネが来てから、ナオはこの手のことには鼻が利くようになっているのである。

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