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女子校バレンタインとかいう独特で異様で最高の祭典


女子校のバレンタインをひとことで表すなら、祭典、すなわちカーニバルである。その熱気はリオのカーニバルにも劣らない、と思う。ブラジル行ったことないけど。

学校によっては厳しくてお菓子禁止だったから何もできなかった、という話も聞いたことがあるけれど、私の学校は自由な校風だったので、バレンタイン当日は「その場で食べなければオーケー」という暗黙のルールのもと、親しい友人、クラスメイト、部活の先輩後輩、お世話になっている先生など、合計100人近くにお菓子を配って歩いた。すれ違いざまに次々とお菓子を交換していく様子はさながらサマルカンドの商人のようである。

前日に、Perfumeの「チョコレイト・ディスコ」を大音量でかけながら(これ書きながらもかけてます)、とにかく簡単に大量生産できるお菓子のレシピを漁っては夜な夜な作り、可愛いラッピングで一個一個包んで、紙袋にぱんぱんに詰めて持っていく。帰りもその分だけたくさんのお菓子をもらえるので、電車に乗るときにはもうドヤ顔である。どうだ私その辺の男子高校生よりモテモテだろう、ふふん、と。
そして家に着いてからもらったお菓子を頑張って消費して、「あぁもう私チョコ一生食べなくていい!」と本気で思う。ここまで含めて女子校バレンタイン。これを私は5回も経験した。どうりで共学社会のバレンタインがつまらなく感じられるわけだ。

しかも何が面白いって、みんな結構本格的なお菓子を作ったりするのだ、これが。なんとかンヌみたいなカタカナの羅列で覚えられない難しい名前したお菓子を。

ちなみに毎年毎年バレンタインは手作りしてきたので、女子校出身者はみんな「バレンタイン=手作りするもの」と思い込んでいる風潮がある。だって中高時代の友達みんなナチュラルに今年も何かしら作っているんだもの。私は今年は少し予定が立て込んでいて既製品での参戦になってしまったのだけれど…(リンツだから許してほしい)(そもそもヨーロッパはそんなにバレンタインが盛り上がっていない)。

ちなみにこちらは去年友達と一緒に作ったハリネズミクッキー。これは多分私が今まで作ってきたお菓子の中で一番かわいいと自負している。まあ本命いなかったんですけどネ。次に本命に渡す機会があればこれをまた作ると勝手に決めている、かもしれない。


話を元に戻すと、そんな女子校バレンタインの何が楽しいって、憧れの先輩や先生に渡す「本命イベント」も存在するところ。ちゃんと青春しているんです、我々も。
もちろん本命だからそれらのチョコは友チョコとは徹底的に差別化を図る。まずラッピングはただの中身の透けた袋なんかではなく、可愛らしい箱と紙袋。手紙をつけることだってある。そして教室or職員室でお目当ての相手を呼び出し、胸を高鳴らせながら渡す。
振る振られる付き合うという現実的な問題を抜きに、憧れの相手にチョコを渡す高揚感だけうまく味わうことができる。女子校バレンタインはとにかくバレンタインのいいところだけぎゅぎゅっと凝縮したイベントなのである。

ちなみにこの私、高1のときに、同じ先生のファン三人組である先生にチョコを渡そうとしたら非常勤だから帰ってしまっていて、別日に作り直してみんなで渡しに行ったという可愛らしいエピソードを持ち合わせております。ホワイトデーにお返しいただいて発狂したのもいい思い出。(まあ高2でも高3でも渡したんだけど)

そりゃあ好きな人に気持ちを込めてチョコを渡すバレンタインだってロマンチックで素敵だけれど、やっぱり私は今後も毎年バレンタインの度に中高時代のことを思い出してしまうのだと思う。あんな独特で異様で最高な文化、忘れられるわけがない。あわよくば人生においてもう一度くらい体験したいとひそかに願っている。


*****

男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす

これは、バレンタインの時期になると毎年思い出す、俵万智の短歌だ。

この短歌においては、チョコレートを渡す相手は「大人の返事する君」、すなわち年の離れた、自分を恋愛対象として見ていない、ビジネスライクな反応を返してくる相手のことであり、「私」はそんな「君」に、どうにか自分を恋愛対象として見てほしいと胸を燻らせている。だからバレンタインを契機に、「私」は「君」に対して反旗を翻す。甘くて苦いチョコレートを武器にして。

この歌では相手は「大人」だけれど、「片想いの相手にチョコレートを渡す」という行為は、相手が大人だろうが子供だろうが、男性だろうが女性だろうが、その関係性を壊す覚悟を持って相手に臨むということで、それは確かに渡す側にとっては戦いを挑むような、革命を起こすような気持ちなのだと思う。

「革命」という言葉は、民衆が王に対して反乱を起こすときなどの、立場が下のものが上のものを倒して実権を握るときに用いられる言葉だ。「惚れたが負け」とはよくいうけれど、「革命」という言葉を使うことで、そんな惚れた側の負けっぱなしの状況を覆したい、自分のことを本気で好きにさせたい、そんな切実で痛々しいほどの恋心が伝わってくる。たった31文字なのに、「私」の苦しいほどの恋の世界が浮かび上がってくる。そしてその「私」は、今日日本中にたくさん現れることとなるだろう。

そんな「私」、すなわち、日本で好きな相手ににチョコレートを渡そうかなぁと思っている女子が、少しでも励まされるといいなぁと思って、最後にこの短歌を載せた次第だ。私のいる街ではバレンタインが全然盛り上がっていなくて少し寂しいのだけれど、はるか遠いチョコの国から静かにエールを送っている。いやお前何者だよって感じだけれど、私は全ての恋する女子の味方です。


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さわと読みます。スイス留学から帰ってきた大学4回生。小説と映画と絵画と猫とダンスが好き。フォローお気軽に。
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