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ひとり旅が好きだ

ひとり旅が好きだ。

バスや電車がわからずぼーっと立ち尽くす瞬間も、ちょっと早めに宿に戻っていつもより豪華な毛布にくるまってぬくぬくと猫のように丸くなる瞬間も、息を呑むような景色を見て「共有したかったな」と寂しくなる瞬間も、美術館で一つの作品に見惚れて動けなくなる瞬間も、それら込みで全ての瞬間を愛おしくかけがえのないものに感じてしまう。計画通りに進まない瞬間が、あればあるほど面白い。

私はいま、ポーランドのクラクフという街を訪れているのだけれど、今日は本当にそんな「ひとり旅」らしさの溢れる1日を過ごした。

まず、ここ一週間ほど朝に眠って昼に起きる、そんなモグラ生活を繰り返していたので、そんな自分が朝9時のフライトに間に合うように起きられるわけがないと判断し、文字通り一睡もせず空港へ向かった。そして、長旅を経て午後にようやく宿に着き、広くてふかふかのベッドを見るなりダイブし、ちょっと仮眠…と思って寝たら、まぁ当然なのだけれど気がついたら陽が暮れていた。とんでもないアホだ。もう外寒いしこのままずっと宿に引きこもっていようかな、とも思ったのだけれど、治安もそんな悪くないし、お腹も空いているということで、夜の散歩に繰り出すことにした。行き先は決めないまま。

昼間に感じた、頬を引っ掻くような冷気は少し和らいでいた。ヨーロッパは日本と違って夜の方が昼間より暖かいことが多いから不思議だ。上着の前を開けて、カメラを下げ、鼻歌を歌いながら人の流れる方へと向かう。

辿り着いた先は旧市街だった。やはりクラクフ随一の観光地なので夜でも人で賑わっていて、思っていたより全然怖くなく、むしろ賑やかで安心できる雰囲気を漂わせていた。退場しそびれた一ヶ月遅れのクリスマスツリーも、地面のライトアップに反射してきらきらと輝きながら降ってくる雪も、無人でひっそりとしたマーケットも、暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる白い馬も、全てが私に素敵な旅の始まりを告げていた。

そして夜ご飯はもう宿に戻ってから食べようと思ってマックに向かい(ひとりでレストランに入るのが苦手なのだ)、物価安のポーランドでなぜか1000円という、スイス並みの値段を支払ってちょっと悲しくなりながら、袋を抱えて宿に戻った。まぁでもそれはそれで旅の醍醐味。うまくいかない方が楽しいのだ。


ひとりで夜のクラクフを自由気ままに歩いていて気がついたのだけど、もう一つ私がひとり旅を愛する理由として、旅先では私のことを誰も知らない、というのがとても大きいと思う。

私たちは普段、自分で思っているよりも、ずっと多くのものに縛られて生きている。とりわけ私は、他人の前で「他人向けにカスタマイズされた自分」「他人が私に求める自分」で接してしまうことが多くて、しかもその「他人向けの自分」が相手によって結構異なっているので、時々どっと疲れてしまう。

しかし旅先では、誰も私のことを知らない。私が何人で、何歳で、普段何をしていて、どんな理由でこの地にいるのか、そんなこと誰も気にしない。その無関心が楽だ。私はまるで透明人間になったような気持ちになる。新鮮な空気が体の隅々まで行き渡る。

だからわたしは、友達と旅行をするのもそれはそれですごく楽しくて好きだけれど、だいたい前後に1日くらいひとりで動く日を作るようにしている。空気を適度に入れて適度に出す、それが人生をうまく進めるコツなのだと思う。でも逆に、ずっと一人というのも寂しいので、一人旅がメインの時は1日くらい友達と会う日も必ず作る。

明日は、ポーランドの別の都市に留学中の友達がクラクフまでやってきてくれて、一緒にヴィエリチカ岩塩坑に行く。全てが塩で構成される神秘的な地下の世界、一体どんな見たことのない景色が広がっているのだろうと、今からどきどきしてしまう。そして約半年ぶりに会う友人、自分とは異なる土地で学ぶ彼女と、一体どんな話を交わすことができるのだろう、どんな濃い時間を過ごすことができるのだろうと、胸が高鳴る。なんだか今日も明け方まで眠れないような気がする。どうしよう。

最後に、旅が楽しいと思うときに同時に感じること、それは、帰る場所があるからこそ楽しめるということだ。留学に来たばかりのときは、まだ友達も全然できないし言語もわからないし、本当に毎日心細くて辛くて、旅行に行っても帰りたくないと思っていた。けどいまは、帰りの飛行機に乗って街に着くとなんだかホッとするし、大好きな友人たちへのお土産を選ぶのが、毎回の旅の楽しみだ。旅先で思い出せる相手がいるというのは、本当に幸せなことなんじゃないかと思う。

写真に収めきれない瞬間も、心のシャッターを押して忘れないように胸の端っこに刻んで、帰ったら温かい友人たちにたくさん話そう。そう思って、あしたからもまた、旅を続けるのだ。


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