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【Web3書籍紹介】『メタバース さよならアトムの時代』(集英社ノンフィクション)

本の情報

書名:メタバース さよならアトムの時代
著者名:加藤 直人
出版社:集英社
ISBN:978-4087880755

https://amzn.to/3Bk2Ngh

こういう人にオススメ!

  • ビジョナリー、インベスター、コアユーザーの視点ではなく、BtoBビジネス・実業の観点からメタバースを眺めたい人

  • できるだけ平易な形でメタバースにかかわる技術の歴史と近況を知りたい人

  • 一冊でメタバースのことを押さえておきたいという人

総評

 一言でいえば、「メタバースの理解に必要なことが順序よく出てくる」となる。他の書籍ではネットオタク的な前提知識が必要だったり、IT市場の構造などを熟知していなければ読み解けないものもあるが、本書に限ってはそんなことはない。例示も過不足が無く、著者の知識をひけらかすものではなく、あくまでメタバースとは何かを知りたい読者に向けて真摯に説明していく。

 これはおそらく著者がビジョナリーやコアユーザーではなく、実際にメタバース事業社を経営していることに根差しているだろう。伝え聞きやふわっとした未来予測ではなく、下地として「現在こういう状況で、表層している事象としてはこれ」というエビデンスが整理されていなければ、数十名を率いての事業は難しい。それとこの書籍は根っこで繋がっている。

 概念ありきではなく、事実、事象から読者を引き込むという流れが徹底されているので、淡々とした書きぶりである。だが、強調すべきポイントはきちんとワンセンテンスにしてあって、流し読みをしていても自然と要点が目に留まるようになっている。相当編集が上手い。

 しかも、歴史的な流れの捉え方がスマートで、余計な憶測を含まず、メタバースに繋がる人類の偉業を知ることができる。近年のVR関連技術史としても網羅の度合いが他の書籍よりも広く深さも適切だ。

 さきほど「淡々とした書きぶり」としたが、第5章の前半だけは別だ。第5章はメタバースを巡る経済の話だが、導入あるいは最も詳しく語ることのできる事例として著者の企業にフォーカスが当たる。これが経営者としてアツい。文体はそのままなのだが、ロジカルな決断がアツい。ふわっとしたWeb3・メタバース界隈で、現実を見据えて社員を養うというのはこういうことなんだろうと思う。平易と平坦は違う。書籍の中できちんと盛り上がる箇所を設定できているというのは、安心感がある。

 各章の見どころを書いているうちに、褒めてばっかりになってしまっているな、と自覚した。それくらい、良く書かれている。

 メタバースのことを書いていながら、人類の知の歴史と向き合っていくことができる教養の書。

各章の見どころ

 この書籍は各章の最後に的確に内容をまとめたサマリーがついている。このため、独自の紹介文よりもそれを書き写すのが一番よいということになってしまい、それでは意味がないので、自分なりの(ゲーム畑が長い人間として)各章の見どころを書くことにする。

第1章 メタバースとは何か

  • 他のWeb3書籍では『スノウ・クラッシュ』を読んだか読んでないかわからない記載が多いのだが、『スノウ・クラッシュ』にとどまらず『ニューロマンサー』『マイクロチップの魔術師』『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?(映画『ブレードランナー』の原作)』といった必携のSF書籍を挙げていて良かった。

  • ぼくの印象では”メタバース至上主義者”の多くはMMORPG(ネトゲ)とメタバースを同等に語ると怒り出すようにみえるが、MUD(マルチユーザーダンジョン)から『ハビタット』『ウルティマオンライン』の流れを紐解いていて、これが『ソードアートオンライン』的な世界や、現存する『フォートナイト』『ロブロックス』を語る際の良い補助線になっており、さらに「メタバースの7つの条件」を超えた9つめの「自己組織化」がMMORPGと大きく違う点であるという帰着をするのが見事。

  • トレンドワードでもある「親ガチャ」をはじめ“選ぶことはできない”世界が現実にあり、読者に「ということはメタバースは…?」と期待を持たせる形でこの章は〆られている。参考文献もわかりやすく表示してあり、興味を持った読者をさらなる知識の泉へ誘うあたりもよい。

第2章 メタバース市場とそのプレイヤーたち

  • SNSとゲームが「可処分時間を奪い合っている」ことを最初に挙げることで、SNSを3次元化するというわかりやすい導線を引き、NFTもデジタルデータなのだからメタバースに組み込めばいいではないかと、そのバズワード性に拘泥することなくスッとくくってしまう。これは「メタバース7つのレイヤー」の「⑤非中央集権化」でWeb3に触れたときも同様の手つきで、この章を読んでいる瞬間はまだわからなくていいことはきちんと後回しにし、話の筋にブレを起こさないようになっている。

  • まずおおまかに3つの「体験(コンテンツ)」「デバイス(インターフェース)」「空間(プラットフォーム)」の話をしてから、「メタバース7つのレイヤー」を持ち出して読者の解像度をグッと上げる工夫がされている。編集による台割がしっかりしていたのだと思うが、これ、重複せずにより深いことを語るってなかなかできないんですよ。

  • メタバースを取り巻く技術について、それがゲーム用ミドルウェアであれNVIDIAのGPUであれ、簡潔に解説し、メタバースを支えているものが何であるかへの目配せがある。利用者からアバター統一規格(他のプラットフォームでも同じ姿でいたい)への要望が多くVRMを採用しているなど、事業をしていなければわからない視点。

第3章 人類史にとってのメタバース

  • 数学、コンピュータ、AI、物理学をめぐる読み物として面白く、メタバースになくてはならないコンピューティングが重厚な人の歴史に支えられており、人智の賜物であることが実感でき、教養の範囲を広げてくれる。

  • ここでは「パターンを見つけ圧縮すること」を知性と定義しているが、おそらくこれは抽象化能力の言い換えで、一般的な抽象化という言葉を使っていないのは、抽象には捨象がつきまとい、それを現行のAIはうまくやれていないからだと想像した。人間には「情報を取捨選択している」という言葉が使われている。

  • バーチャルを「仮想」と訳すのは間違いであると大きく振りかぶって『本物ではないが実質的・本質的には本物と考えてよい、という意味合いで「実質的」や「本質的」と訳すのが正しい』(本書P.160)と添えているが、これは本当にそう。逆の例を出すと、現金を現金としてしか捉えていなかった人が仮想通貨を理解すると、現金すらもそもそもバーチャルなものであり、国家の財務における信用創造が何たるかも理解できるようになるやつだ。

  • 産業革命から現代までの200年をモビリティの時代と定義しているのも納得感がある。書名サブタイトルの「アトム」もここで初めて出てくるが、最重要な概念がちょうど真ん中に叩きつけられ、ここまでですべて説明してあるので理解ができてしまうというのは、構成の美だ。

第4章 VRという技術革命

  • 前章での「仮想」の定義から入り、VRの歴史を紐解いている。ここで「センソラマ」が出てくるとは思わなかった。映像の歴史を習うと「カメラ・オブスキュラ」「ゾートロープ」並みに出てくるやつだ。そのほかヘッドマウントディスプレイではちゃんと「ダイノバイザー」の名前が出てくる。任天堂の「バーチャルボーイ」はみんなの好きな「商業的には失敗したが隠れた名機」の文脈で触れられることはあっても、「ダイノバイザー」って出てこないじゃないですか。このあたり、ふわっとしたWeb3・メタバース書籍では触れられていないところなんですよね。体感的な歴史と合っている。

  • この章だけでも、そのへんのVR解説書籍に引けを取らない。

第5章 加速する新しい経済

  • クラスター社のビジネスの解説。『ゲームは当たれば大きい。ただ当てるのが難しすぎる。』これを知らない人が多く、しょっぱい資金しか集めずに玉砕したり、クラスター社のように別ジャンルを見つけられずに、どうせ博打なんだったらゲームやっときゃよかったじゃんという逆のパターンだったりをよく見聞きしてきたので、すごいなと思った。そして「それVRでやる必要ある?」の判断が冷静にできているというのも良い。これができるのは、ブームに浮かれることなく本質を理解しているから。

  • 大枠の「バーチャルイベント」ビジネスから、次の「クリエイター・エコノミー」ビジネスへ。これを第1次産業、第2次産業と捉え、その先に第3次産業(サービス業)たる「ワールドクリエイター」の出現とその収益化に触れられている。こういうのがメタバース企業のビジョンとしてあるべき姿なんですよね。褒めまくってしまうんですが、できてない企業、できてないプロジェクト、社会にめちゃめちゃ多いので。

第6章 メタバースの未来と日本

  • P.238の図(コミュニケーションと情報発信の変遷)は、わかりやすい。実際はこの矢印部分で行動変容が発生しているので、DXの説明にも使える。

  • 「日本のストロングポイント」で触れられている「ゲーム産業のスキルセット」だが、これはほんとうに自分も思っていることで、メタバースのみならず今後の日本社会が急速にデジタル化(っていう言い方は古くて実は好きじゃないのだが)していく中で、UIとサービスとマネタイズを一体のものとして考えたり実装できる人間って、特殊なんですよ。

(以上)


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