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トンビになりたい


トンビがピーヒョロロと鳴くのを初めて聞いたのは大学生のときだ。

何年生だったかは忘れたが、夏休み、愛知県に帰省中、バイクで知多半島の先端あたりの丘陵を走っていて、空があんまり青いから細い農道の脇にバイクを止めた。

エンジンを切ってヘルメットを脱ぎ、真っ青な空を見上げていたら、どこからかピーヒョロロと聞こえてくる。

目を凝らして上の方をゆっくりと見回すと、そこにちいさな黒い点があった。よく見るとトンビが輪を描いて舞っていた。

そう言えば昔、マンガか何かでトンビの鳴き声をそう表現してたな。これがそれか。ホントにこう鳴くんやなあ。

それをしばらく見て聴いていた。

眼下は、なだらかな丘の木々の緑が落ちていく先に夏の青い海が広がっていた。そんな気がするが記憶を美化させているかもしれない。

トンビ、トビは鷹の一種ではあるが、積極的には狩りをしない。他の鷹やあるいは鷲の仲間が生きた獲物を見た目も勇猛に捕らえるのに対して、トビは少し特別な位置を得ている。

よくメディアなどでも観光地で人間の食べ物をさらっていったりだとかを見聞きする。『トンビに油揚げをさらわれる』を地でいくやつだ。

他にも小動物や魚の死骸をついばんだりする。

ゴミも漁る。

カラスと食物が重複するのか時々トンビの方が追い回されている。ピーピーと鳴きながら泣きながら逃げる姿を、ノンの散歩中によく見かける。カラスよ、グループで1羽を襲うのはずるいよ、勘弁してやれよ、と思うほどにトンビは弱々しく見える。逃げ惑う先を仲間のカラスが行く手を遮る。

そんな性質から他の鷲や鷹よりも格下のようにいわれることが多い。

トンビが鷹を生む

トビは鷹であるのにこの言われようだ。

尾羽が三味線のバチのように中央がくぼんでいて、平たい。その身体的特徴で他の鷲や鷹と容易に区別がつく。

体躯は大きく、全身がいわゆる鳶色でまだらに白い羽毛が見える。

大きな川の下流や海辺で、時々間近にトビを見ることがある。

いかにも鷹らしく、眼光は鋭い。そして尖った嘴。

飛ぶのを観察していると、羽ばたきはほとんどせず、バチ形の尾羽を器用に左右傾けながら舵をとっているのが確認できる。あの平たい尾羽はきっとうまく飛翔するのに都合よくできているのだろう。空力学的にかなっているのだろう。方向を自在に変えながら頭を動かし、その鋭い目で食物を探している。

あるいはあの夏の記憶のように空高く飛んでいる。トビは視力がいいからそうやって上空から獲物、食べる物を探しているのだそうだ。

それにしても高いところを飛ぶ。食べ物を探すだけでそこまで高いところへ上昇する必要があるだろうか、と思う。地上から見るとほとんど黒い小さな点、かろうじてトビかな、とわかるくらいの点である。あの滑空、尾羽はたぶんトビだ。

そしてその視力でこのあたりには食べ物がないとわかるのだろうか、やがてどこかへ移動する。

強風の日に、その強風を利用するように滑るように滑空する。ほとんど流されている。ラフティングのように、サーフィンのように、ジェットコースターのように。

風に抗おうと思えばそうできるのではないか、その飛翔能力なら。そう思うがトビはそうしない。

時々ぼくはこう考える。トビはきっと飛ぶこと自体を楽しんでいるのだと。

ある時は上昇気流を捉え、ある時は台風の前触れの風にわざと流される。風を利用し、風を操る。

そうやってぼくらを見ている。獲物を探しながらも半分は俯瞰して物事を眺めているのだ。きっと。

鳥になるんだったら何になりたい?

そんな質問はあまりないかもしれない。翼がほしいというような夢はあっても、ではそれが鳥だとしたら何鳥、と具体的な種類まで問うことはないだろう。

ぼくは、時々トンビになりたいと思う。食べることにはそれなりに対処し、自分の好きな飛ぶことを、空高く飛ぶことを、飽きるまで、飽くことなくいつまでも。

回りにどう言われようと。バカだなと言われようと。

人のものは取らないようにだけ、心しよう。


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