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抜け道のご縁


岡山市のクリニックから戻ってきて、JRの最寄り駅から自宅へ帰る途中にある、人がすれ違うのも気を遣うほどの狭い抜け道で他人の家のバックヤードのアジサイを勝手に撮っていたら、道を挟んだ本宅の裏口から男の人が出てきた。

前にも同じ場所で勝手にサクランボの写真を撮っていたらその人がいきなり現れて、その時は咄嗟に『ヤバっ』と身構えたのだけど、そんなぼくの緊張感をよそに、にこやかに、どうぞどうぞ、よかったらいつでもサクランボ食べてってください、と言ってくれた人だ。ぼくよりはいくぶん若い。

それ以来、実が生っている間は通るたびにサクランボを自由に採って食べ写真に撮り、そうしているとバックヤードの奥で四駆車のあたりにいるその人と目が合ったりする。

お互いに顔は覚えていて、

ああ、どうぞどうぞ

あ、いつも勝手にすみません

などと一言二言交わす。

男性もいつもにこやかな表情をしているでので人見知りのぼくでも話しやすいし、そのにこやかさに甘えていつも気楽に、そして勝手に写真を撮っている。手には加熱式たばこを持っているけれど、ぼくと話している間は吸わないでいてくれる。

アジサイである。

間に桜の木をはさんで、アジサイは二株ある。片方はガクアジサイだ。うちのアジサイとは違う、ピンク色をしている。

今回もあいさつをしたあとバックヤードに入っていったその男性が、こっちから見た方がきれいかもしれないですよ、と中に招き入れてくれた。塀というより至極簡素な柵で抜け道とバックヤードは区切られている。柵の切れ目がヤードへの出入り口になっていて、ぼくは『いいんですか?』と礼儀として遠慮がちに言いつつも、せっかくなのでずかずかと入っていく。足を踏み入れるのは初めてだ。砂利が敷かれている。

抜け道からはそのガクアジサイは日陰になるけれど、回り込んだ庭の側から見ると順光になる。

と言っても他の木もあるからやっぱり少し陰になるのだけど。

あ、いい色ですね、と花や葉を傷つけないよう気をつけながら花にカメラを寄せて何度かシャッターを押す。すると少し離れた場所からその人が『じゃがいもの花が…』と誰かに話しているのが聞こえてきた。

他に家の方がいるのかな、と思いながらもう1、2枚アジサイを撮っていて、あ!と気付いて声がする方向に目を向けると、こちらを見ていた。

あ!ぼくですか!?

と慌てて頑張って大きな声をだすと、こちらを見て、そうそう、と笑っている。

急いで畑の方へ駆け寄ると、それほどは広くない畑の真ん中あたりの畝にじゃがいもの青々とした葉と、その茎の先に薄紫色の花が咲いている。

じゃがいもも花の季節ですよね。野菜の花もきれいですよね。

この畑のあそこの一番奥に赤い花があるでしょう?名前は何ていったかな、なんとかアオイっていったと思うんですけど。

あ、あの赤い花ですよね。

そう、ぼくはあんまり詳しくないんだけど。あ、でも今はやっぱり季節的にはアジサイかな?

と、さすがにそのじゃがいもの畝やなんとかアオイ(たぶんタチアオイ)まで立ち入るのにはためらっているぼくを気遣ってか、畑の奥までは無理強いしないでくれた。

もうちょっとアジサイ撮ります、とさっきのところまで戻って設定を変えて撮ってみて、そして柵の切れ目から道に出てそこからもう一方のアジサイを、構図をあれこれ考えて撮る。

ありがとうございましたー!とバックヤードの方に向かって大声を出す。

いえいえー、いつでもどうぞー!

数分後、自宅に向かう住宅地の細い道を歩いていたら、後ろから四駆車がゆっくりとぼくを抜いていった。さっきの人だった。すれ違いざま横目で軽く会釈する。

そういえば名乗り合ってもないよな、と、なんだかおかしくなってニヤニヤしながら歩き、幹線道路を渡る歩行者信号のボタンを押した。今は晴れて暑いけれど、もう雨季に入ったと、先日ニュースで言っていた。



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