てのひらからマグマ

 結婚するから、別れよう

 と、言われた気がした。佐知子はぼんやりした頭でその意味をはかりかねていた。

 今年は白菜がたくさんできたから、健人の好きなキムチを手づくりしよう、と、朝から大量の白菜を塩漬けして、仕込みのために昼食も食べておらず、手伝うよ、と言っていた健人はなかなか来なくて、だけど、ヤンニョムという、キムチの素を作っていた手でスマホはいじれなくて、まーそのうち、と思っていたら健人が来た。

 エプロンそこだから、とりあえず手ぇ洗ってきてくれる、と、ブルーシートを敷いた上でヤンニョムをねりねりしていたら、頭上から、何か意味不明なことを言われたのだった。

 ともすれば、あーはいはい、別れるのね〜了解ーと、流れていきそうなくらいの自然さだった。健人はその言葉にできるだけ何の違和感も残さないように、堂々と、会話のベルトコンベヤーに載せてきた。

「えっと…とりあえずエプロン着て、手を洗ってもらっていいかな」

 佐知子は腰に手を当ててゆっくり立ち上がりながら、そう言った。お互い立つと健人のほうが背が低かった。佐知子の言葉に怒気はなく、どちらかというと、疲れがにじみ出ていて、それが、かえって迫力を生んだのかもしれない。健人はエプロンを着て、正座した。手を洗うつもりはないようだった。

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