本能の声
夕方に、歯を1本抜いてきた。
歯を抜いたのは初めてではなかったが怖くてぶるぶる震えてしまった。
麻酔もしっかりかかっていたので、痛みへの恐怖はない。逃げ出したいような切迫した恐怖でもない。何かの通過儀礼を無抵抗に受け入れるような気持ち。
わかってる。わかってる。逃げられないのはわかってる。でも、怖い。
無抵抗な私の顔の前で、いつもはあまり動かない先生が、えいと椅子から立ちあがって腕に力を込めた。
こ、こわい!
私の歯になにすんのよ!
生物としての私の声を聞いた気がした。
私は歯を抜こうとする先生を恐れてるんだ。
私の命の一片を持っていこうとする先生。
私に理性がなかったら大暴れして、一目散に逃げていたかもしれない。
通過儀礼はあっという間に終わった。
痛みはやはり感じなかった。
待合室に戻っても、私はまだ少し震えていた。
※通過儀礼なんて大袈裟に書きましたが、虫歯がひどかったからこうなっただけです。こうならないように、みなさんしっかり歯をケアしましょうね。そして先生、本能レベルで嫌がってすみませんでした。
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