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NiCE(15) 受領、提供

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お金に関するフィクション
『NiCE』の15回目です。
本文はそのまま読めます。第1回はこちら
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 目がさめると遠くからリズミカルな音がした。NiCEの登録を済ませた後、そのまま眠ってしまったようだ。

 起き上がってふすまを開ける。ダイニングキッチンの方を眺めると、ミカがミシンに向かって何か作業をしていた。ゆかりが捻挫した足をかばい、壁を伝いながら歩いていくと、ミカが気づいた。

「あー、ゆかりん、松葉杖使うー?」
 ゆかりん。ミカがつけたニックネームに、ゆかりは吹き出しそうになる。自分の中身との距離がおかしい。

「玄関の脇に置いてあったんだよ。たぶん、朝のお医者の遠山先生だと思う。遠山先生、うちの下に住んでるから。でも、ちょっと待って。今手が離せないの。この部分のフリルは絶対にむちゃくちゃきれいにできてないとダメだし、でも丈夫にしておかなきゃだし……はい、できた。ジャーン」

 ミカは作っていた物を見せてくれる。フリルがたっぷり入った、綿あめのようなファンシーカラーのスカート。衣装のようなスカートだが、触れてみると生地は非常に柔らかくて、とろみがある。

「かわいいねえ。着心地も良さそうだし」
「でしょう? ゆかりん、ナイスくれてもいいよ。うふふ。さっそく写真に撮ってネットにアップしようっと」
 そう言いながら、ミカは撮影を始める。角度を何度も変えて何枚も撮る。

 不思議に思って聞いてみる。
「ネットで販売したりするの?」
「ナイス区では『販売』『購入』じゃなくて、『提供』『受領』っていうの。ここにくる前は、ネットで売ってたよ。でも、ナイス区だとね、すごいの。ネットで『作ったよー』って報告するだけで、それを見て、いいねと思ってくれた人がどんどん、ナイスくれるんだ。スカートを『提供』した相手からナイスをもらえるだけじゃないんだよ。すごいよね。しかもね、『受領』した相手が、このスカートを履くたびにうれしくなったら、その度にナイスをくれる可能性もある。だから、長持ちするように、着心地がいいように作るんだー! そうすれば、一着作るだけで何度もナイスがもらえるから。超お得でしょ!」

 なるほど。良いものを作れば作るほど、長く何度も報酬が得られるというわけか。しかし、単にポイントがもらえるだけで、「お得」と思えるミカの感覚が、ゆかりにはピンとこない。

「それにさー、ナイスは自分が相手にナイスをあげても、自分のナイスは減らないんだよ。だからみんなケチケチしてなくて、ネットで見たステキなものにも、ナイスをすぐにくれる。それがすごく良いなーって思う。ネットで売っていた時は『かわいいけど、高すぎる』とか書き込まれたこともあって、ムカついてたんだよー。良い素材を使いたいから材料費もかかるし、作る時間もむっちゃかかってるのに。だけど、ナイス区ではそういうことはない。すごく良い。あたし、ナイス区に来てよかったな。クリエイターが報われる場所だよ、ここは」

 Wikipediaを読んだときにははっきりと認識していなかった違和感を、急にゆかりは感じる。物を誰かから受け取って、支払いをするのは当たり前だ。でも、ものを受け取っても自分のポイントが減らないのであれば、なんのためのポイントなのだろうか。問題も起こるのではないだろうか。

「自分のナイスが減らなかったら、ミカちゃんの作ったスカートをほしいと思った人はみんな『私が受領したい』って言うんじゃない? もちろん、お金で商品を購入するときだって最初に購入した人が商品を受け取れるわけだけど、お金を払う場合は自分の手持ちのお金が減るから、『その値段の分の価値があるのか』って、ちょっと考えるでしょう? でもナイスは迷う必要がない。そうすると、ほしくないかもしれないけど一応受け取っておこうって思う人もいるんじゃない?」

「それはあるね。でもお金でも、思ったよりも安かったりすると一応買っちゃうこともあるし、同じじゃない? ナイスの方がおもしろいよ。ミカは自分の作った服を着た写真を、ネットに三回以上載せると約束してくれる人だけに商品を『受領』してもらうことにしてる。いろんなマイルールを決めてるんだ。そういうマイルールをお願いするのは、ナイス区ではよくあることみたいよ」

ミカは得意げに続ける。
「ミカのマイルールは、まだあるよ。いらなくなったら、捨てないで返してもらってる。返してもらったら、リメイクして、また『提供』するの。自分的にむちゃくちゃ良い作品ができたーって思うときには、『提供』する相手はナイスポイントをある程度持っている人にしたりすることもある。だって、せっかく作ったすてきな作品は、ナイスポイントをいっぱいもらっている善人に使ってほしいじゃない。たださ、」
そう言いながら、ミカはゆかりのほうを振り向く。口をとがらせて、真剣な顔をしている。

「ナイスも大変なところは、あるよ。まだナイス区に来て五ヶ月だけど、少しずつわかってきた。たとえばね、たくさんポイントをもらったからといって、安心できないんだよ。人にナイスをあげても減らないってことは、全体のナイスが増えるってことだから、自分のナイスが今日は人より多くても、明日はそうではないかもしれない。たーくさんナイスを持っていても、実際はぜんぜんすごくないかもしれない。大変だなーって、思うよ」

 ゆかりの頭の中に、ハイパーインフレで破綻した国の、札束を抱えて日用品を買いにいく姿が思い浮かぶ。
「毎日増えるばっかりだとすると、ミカちゃんのナイスポイントは、数字の桁数がとんでもなく大きいの?」
「なんかね、1000ナイスを超えると000の部分は消えてKってつくし、1000Kになると1Mっていう表示になる。Kって0が3つって意味? Mは0が6こ? よくわからないけれどアルファベットがついて省略されるよ。それで、KとかMが出てきてからしばらくすると、急に1E+07とかいう表示になる。Eのあとの数字が、0の数みたい。最初は本当に単純に、100ナイスもらったら、手元のカウンターでも100ナイス増えてたからわかりやすかったけどね。まあ、スマホだったりウェアラブルだったりで見るんだから、仕方ないよね」

「そのあとしばらくすると、ある日突然表示にSDって出てきて、数字が変わるんだって。その表示方法をユージニストで聞いてみたんだけど、へんさちとかいう、ナイスの全体量が増える割合に合わせて、調整された数字らしい。まあそうとうナイスをもらわないと変わらないみたいだけど。それこそ、1E+07のの部分がまた表示しにくいほど増えないと。とにかく、ナイスは毎日増えていったほうがいいものみたいだから、結婚したり友達と住んでたりして、毎日ちょくちょくポイントをくれる人がいるのって羨ましいと思ってたんだ」

 そう言って、ミカは上目遣いにゆかりを見る。だから、ミカは私との同居を希望したのか。やっとわかる。
「じゃ、私もミカちゃんにポイントあげなきゃ。けど、まだ私ナイスは全然持ってないから、ごめん。頑張ってナイス貯めるね」
 ミカは満面の笑みを浮かべる。頭の回転が早いらしく説明は上手で、仕事に対する姿勢はすばらしい。でも、あどけなさの残る笑顔は、やはり14歳だ。
「うれしい! あたしもゆかりんに、ナイスあげるからね!」

(16) に続く

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