見出し画像

NiCE(25) 正しい団欒

===================
お金に関するフィクション
『NiCE』の25回目です。
本文はそのまま読めます。第1回はこちら
===================

 遠山先生がお昼前にやってきたときには三人で食卓を囲んだ。三人の食事には、小学校のときに家庭科で習った「正しい団欒」のような、落ち着きがある。遠山先生はおしゃべり好きというわけではなく仕事中は寡黙だったが、実は話題が豊富で、ナイス区に心酔しているからか、昼食時にはナイス区の良いところが伝わる話題を好んでしたがった。

 ミカが「すごーい。そういうの、他のところにはないよね」「そういうのがナイス区だけじゃなくていろんなところにもあれば良いのに」などと言うと、鋭い目つきの仏頂面のをくしゃっとゆがめて、うれしそうに微笑む。ゆかりの話を聞き出そうとせず、ゆかりが黙っていても穏やかにミカと話し続けるから、遠山先生はゆかりにとって気楽な相手だった。

「ミカちゃんは才能があるから、秋の生誕祭の衣装コンテストに応募してみたら? ナイス区はキャッシュ区と違って、年齢制限をむやみにかけないから、衣装コンテストに14歳でも参加できるよ」
「生誕祭? 何それ?」
「ああ、ミカちゃんは今年の四月に来たから知らないんだね。NiCEがこんなに全世界に広まるきっかけを作った、金山さんという人の誕生日を祝う祭りだよ。ここが金山さんがいっとき暮らしていた地域だから、ナイス創設者たちも来て、生誕祭を祝うんだ」
「ナイス創設者って、モエさんも? モエさんも来るの? 衣装はモエさんが着るのかな? モエさんが住んでるっていうからここに引っ越してきたのに、モエさんとはぜんぜん会えないんだもん」
 ミカが興奮したように早口で捲したてる。

「モエさんって、きれいだよねー。あたしがナイス区に来たのって、モエさんの影響が大きいんだ! モエさんが着るならあたし頑張る!」
「うーん、たぶんモエさんは着ないんじゃないかな。あの人はほら、常にジーンズと白Tシャツだから」
「そうなんだよね。なんでモエさんはいつもあの服装なんだろう。あたしの服を着てくれたら、世界一かわいくに見えるはずなのに」

「まあ、彼女もいろいろあったみたいから……」
と遠山先生はお茶を濁すと、
「ミカちゃん、モエさんのことよりもゆかりさんに服を作ってあげたら」
と黙って話を聞いていたゆかりに水を向けてくる。ミカが好んで作るのは、ピンクに水玉スカートや大きなリボン、もしくはアニマル柄か、はたまたチアリーダーのような洋服や妖精のようなファンシーな洋服だ。そんな服を、ゆかりのためにと作ってしまわれたら困る。

 ゆかりは慌てて口を挟んだ。
「ミカちゃんの才能はよくわかってるんだけど、もし作ってくれるなら、お願いだから白かベージュか茶色みたいな色の無地の布で、シンプルな感じに作って」
「えー、ゆかりさん、あたしはそんな地味な服は作らないよー」
「じゃ、私の服は良いから生誕祭の衣装に専念してください」
 遠山先生はひっそりと笑っている。

 ときどきゆかりは遠山先生とミカの三人で食卓を囲んでいて思う。自分の子供時代は、こういう「団欒」なんて滅多になかった、と。母は人並みに愛情はあったはずだが、父が早くに亡くなったために仕事で忙しく、母には実入りの良い仕事ができるような境遇ではなかったから仕事を掛け持ちしていて、ゆかりは食事を一人でとることが多かった。

 小学生の時に、校長の名前でお知らせが配られたことがある。
「先日読んだ『食育』の本に、『孤食』について心配なことが書かれていました。『孤食』とは、”一人で食べること”、”家族がバラバラの時間に食事をすること”のことを言います。その本には、『孤食』を続けていると、好き勝手でわがままで、協調性に欠け、注意されると『むかつく』とふてくされたり怒ったりする、キレやすい子供になる、と書かれていました。それは、私個人の実感として、正しいと思っています。我が校の子供達はどうでしょうか。私は、今の子供達の食生活が心配です。孤食はいけません。一家団欒でご飯を食べましょう。」と書いてあった。

 びっくりしたし、ショックを受けたから、ゆかりはその内容を今でもよく覚えている。母親が忙しくて一人っ子のために一人で食事をとるほかはない私は、好き勝手でわがままで協調性に欠け、キレやすい子供なのだと烙印を押されたような気がした。その後、ゆかりは自己主張をするのをやめた。孤食をしている自分はわがままなのだろうと思ったから。

(26) に続く

==このノートは投げ銭方式です。== 

 本文は全て無料公開です。この下の有料パートに書いていくのは、NiCEを書く時に参考にした話だったり、日々考えたことだったり。

ここから先は

926字

¥ 100

最後まで読んでくれてありがとう。気に入ってくださったら、左下の♡マークを押してもらえるとうれしいです。 サポートしてくださったら、あなたのことを考えながらゆっくりお茶でもしようかな。