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NiCE(24) 遠山先生

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お金に関するフィクション
『NiCE』の24回目です。
本文はそのまま読めます。第1回はこちら
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 ミカは自分の家のダイニングキッチンが自慢らしく、頻繁に人を呼ぶ。こんな山間の村に、こんなに若い女の子がいるのかと不思議になるが、どうやら遠方からもくるらしい。多くはミカに憧れている、ミカと同世代の女の子たちだ。

「ミカは、来年くらいに私のブランドを世界展開にするんだー」
「きゃあ、ミカさんすごい! ミカさんならできますよ!」
 ミカはときどきハッとするほど大人びた発言をするが、やはり同世代の女の子といるときは14歳らしく、ときにはとんでもなく羽目を外した大騒ぎをしたり、妄想としか言えないような戯言を話し合っていたりする。

 ゆかりが18歳で子供を産んでいたとしたら、ミカの年だ。そう思うと、ミカが妄想を語ったり、大騒ぎをしたりするときは年上らしくたしなめるべきなのだろうかと考える。そしてひどく疲れるような気持ちになり、そんな雰囲気が表れないように自分を抑える。

 そんなことを繰り返すうちに、ゆかりはミカと彼女の友達が来る日には、食事を作った後は自分の食事を持ってダイニングキッチンから引き上げるようになった。彼女たちもそのほうがうれしいらしく、
「足を怪我していて大変なのに、食事を作ってくれてありがとうございます」
と、ゆかりに殊勝な言葉をかけ、ナイスを気前よくつけてくれる。

 怪我人や障害者など、通常より弱い立場にいるものが何か良いことをすると、それだけで小さな行動を大げさに評価し、ナイスを多めに付与する。効率よくナイスをもらいたいとは思うものの、ゆかりはそのことにも何か、居心地の悪さを感じた。

 また、松葉杖をついてスーパーなどに出かけると、怪我をしているのが明らかだからか、ゆかりを見つけたのを僥倖とでも言わんばかりに多くの人がにこにことしながら手助けを買って出た。少しの手助けであれば、助かることも多いのだが、ミカが持っていたような、車椅子に変形できる自転車を持っている人も多く、スーパーからミカの家まで送ってくれるという申し出には本当に弱った。車椅子に乗せてもらうと、当然会話することになり、ユージニストのアドバイスに従ってもごもごと「記憶がなくて……」と説明しなくてはならない。そして、何より善意が大きすぎて重いのだ。しかし、熱心に、善良そうに申し出てくれるので断りづらい。

 ナイス欲しさで申し出ているとわかる相手の方ならば、ナイスをつければ行為を清算できるような気がして気楽だったが、そういう人は稀だった。東京でそんな風に見知らぬ他人と話をしながら生活することは今までになかったから、ゆかりは心底疲れた。きらきらと光り輝くような善意を一方的に受け取り続けるのは、疲れるものだとゆかりは感じた。

 唯一の疲れない相手は、ゆかりにとっても意外なことに、足の捻挫を見てくれた医師の遠山先生だった。彼は、キャッシュ区がほとほと嫌になって、ナイス区に来た人らしい。ミカに「ゆかりんが記憶がなかったことと、ナイスアカウントを作ったことを、遠山先生に言っていい?」と聞かれたので承諾すると、遠山先生のゆかりに対する態度がガラッと変わった。

 階下に住んでいるという手軽さも手伝って、足首の湿布を交換しに毎日来てくれる。湿布はやはり、小麦粉とハッカ油などを使った作った手作りで、その湿布をしてもらうととても気持ちよかったから、遠山先生の善意は心底ありがたかった。

 遠山先生は「ゆとりあるものからたくさんとる」というスタンスをとっているのか、治療に対するナイス数を自分では決めず、相手に委ねていた。ゆかりは湿布のお礼にと、精一杯のナイスを付与したが、そもそもの保有ナイスが少ないため、遠山先生が満足できるような数のナイスを付与できてはいないだろうと思った。

 だから、毎日の昼食を遠山先生の分も含めて三人分作った。炊事はゆかりの担当だが、食材は、ゆかりが作ったリストを見て、ミカがナイスを使ってスーパーで揃えてくれている。その食材を使って先生の分も料理するのだからミカは嫌がるかもしれない。そう思いきや、遠山先生は食材調達のお礼にミカにもたっぷりナイスをくれるらしく、ミカも喜んだ。

(25) に続く

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