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NiCE(21) スマート決済サービス

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お金に関するフィクション
『NiCE』の21回目です。
本文はそのまま読めます。第1回はこちら
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 気づけば6時を過ぎていた。晩御飯は作るねとミカに約束したので、ゆかりがダイニングキッチンに行くと、ミカはタブレット端末を見ていた。ニュース番組らしきものが写っている。
「ああ、ゆかりん。今ニュース見てるの。パパが一週間に一回はニュースを見なさいっていうから。ちょっと待ってて」
と、ミカは真剣な顔で見入っている。

「……スマート決済サービスのNpayは15日、長野県の一部で流通している地域通貨ポンと、徳島県の一部で流通している地域通貨YOU、そして米ドルとの連携を開始しました。これにより利用者は、Npayを利用している店舗ではすでにNpayと連携している円などの通過に加え、ポンとYOUと米ドルのどれかを持っていれば、Npayを介して買い物ができるようになります…」
切れ切れにニュースの音声が切れ切れに聞こえてくる。

「Npay、ナイスとも連携してくれないかなー。そしたら、隣町でも買い物ができるようになるのに。隣町、ナイスも円も受け入れてくれない店ばっかりなんだよね」とミカがぼやく。
「隣町では円も使えないの? どうやって買い物をするの?」
「隣町は、タタカっていう地域通貨とドルしか使えないんだよ。困るよー」とミカは大して困っていない様子でいう。

 ゆかりはNiCEを肯定的には捉えにくいと思っていたが、NiCEを使わない地域も自分の知っている世界と随分違いそうだと感じた。それならばまずはここで生活ができるようにしなくてはならない。そのためにはナイスを得なければなければならないのだ。そして今のゆかりはナイスをほとんど持っていない。

 人に喜ばれさえすれば、何をしてもナイスをもらえる。多くの人が喜ぶような漫画を描いてネットで公開すれば、読者がナイスをくれる。誰かの肩を揉んであげて喜ばれればナイスがもらえる。ネットの記事に何か気の利いたコメントをつけ、それが読んだ読者から賛同されればナイスがもらえる。そういうものだとミカは教えてくれた。

 ゆかりは、ミカの家事を手伝うことでミカからナイスをもらっていたが、それよりももっと効率よくナイスを稼ぎたいと考えた。そこで晩御飯を作りながらミカに聞いてみた。

「もしかしたらミカちゃんは知らないかもしれないけれど、円を使っている世界では、『今、この企業に入ると給料が高い』『この職業は平均年収が高い』という業界や職種、企業があるよね? ナイスではそういうのはないの? たとえば、今日会ったミスターCみたいに、ナイスをたくさんもらいたいなら、この人に会えばいいとか、こういうことをやればいいっていうような行動とか、ここにいくとナイスをたくさんもらえるという場所とかがあったら教えて」

 言ってから、ちょっと下品だったかなとゆかりは反省する。ミカは少し黙ってから言う。

「ナイスをたくさん稼ごうとして、やりたくもないことをやったらダメだって、ナイス区の大人たちがしょっちゅう言ってるよ。ユージニストも。周りの人に喜ばれても喜ばれなくても気にしないような、自分のやりたいことをやらないと、だって。やっぱり、自分の才能があることをやったほうがいいんじゃない?」

 才能。ミスターCにはあんなに熱心だったミカの真っ当な言葉にゆかりはたじろぐ。たしかにミカは洋服作りに才能があるようだ。14歳でこんなに立派に、かわいく高品質な洋服が作れるのだから。しかし、すべての人が、そういった才能を持っているわけではないだろう。ミカはゆかりの思いをよそに能天気に聞く。

「ゆかりんの好きなことは何?」
 何だろう。私は何が得意なのだろう。ゆかりは小さい頃から、自分で決めることが苦手だった。先生が指示すること、友達が良いということ、ネットで評判の良いものを良しとして選んできた。その方が確実だから。自分の好きなこと、得意なことなんて考えてもこなかった。自分の想像が及ぶ範囲なんて限られているし、自分の好みや希望なんていうあやふやなことで物事を決めるなんて、危なっかしすぎるから。

「なんだろうねえ、オフィスワークは割とできたよ」
「それは好きだったの?」
「仕事だったからねえ。好きとか嫌いとかではないでしょ」
「えー、だったら好きなことをしたほうがいいよ。そうじゃなきゃ、人生を楽しめないでしょ」
ミカはこともなさそうに言う。退職後にゆかりがライターの仕事を始めたのも、それが何も資格も要らず、履歴書提出も求められずに始められる仕事だったからというだけだった。

「うーん、本当に何をしたらいいかわからない」
しばらく経ってからゆかりがいうと、ミカはため息まじりにいった。
「まあ、何か一つに決める必要はないしね。その都度、その状況に応じて良いと思われることをするっていう人もいるし。あたしは、そういうのはつまらないと思うし、すっごく馬鹿馬鹿しいと思うけれど」

 ゆかりは考える。こうやってご飯を作るのは、私に才能があるからではない。私が家事を好きだからでもない。誰かがやらなければならないからだ。才能とは関係ないし、やらなくてもいいなら、やりたくないことだ。それはミカだって同じだ。ミカも家事はやりたくない。だからミカは私にナイスを付与する。それは、つまらなくて馬鹿馬鹿しいことなのだろうか。

(22) に続く

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