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NiCE(17) 初受領

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お金に関するフィクション
『NiCE』の17回目です。
本文はそのまま読めます。第1回はこちら
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 車椅子に乗せられてスーパーに向かいながら、ゆかりは改めて街をじっくり見た。やはり不思議な街並みだ。異様にプランターが多い。そして、玄関先に直売所のよう野菜や手作り品らしきものを並べている家、表札の隣に、「洋服のお直し、できます」とか「インターネットのことはおまかせください」、「トリミング・ペット預かり、小型犬ならOK」などというプレートをつけている家も多い。よく見ると、そのプレートには「NiCEアカウントは@Yamachan298です」などという記述があった。

「あちこちに『NiCEアカウントは◯◯です』って書かれたプレートがあるね」
「うん、楽しいよね。みんな自分の得意なこと、できることを書いているから、知らない人の家でも『ああ、ここのうちの人は犬好きなんだ』とか『この人はお裁縫が得意なんだ』とかわかる。覚えておいて、何かあった時にとつぜん駆け込むんだー。そういうの、すごく楽しい。あたし、最近ナイス区のこういうとこっていいなあって思う」
とミカは弾むようにいう。

 スーパーUIの中に入る。前回は気づかなかったが、スーパーの商品に値札のように配置されているプレートにはすべてに「NiCEアカウント」が書いてあることに気づいた。加えて店内にはレジに該当するような場所が一切見当たらなかった。

 陳列された、商品ならぬ『贈品』のなかから必要なものを見つけ、その品のプレートに書いてあるナイスアカウントを開き、プレートに書かれたルールがあればそれに従い、なければ思うだけのナイスポイントをつけ、そのままカゴに入れる……

「これ、ゆかりんにとっては、初めてのNiCEでの『受領』だよね。どう、感想は?」
 ミカがにんまりしながら、車椅子のゆかりの顔を覗き込む。なんだか、公然と万引きをしているような気持ちだ。
「……不思議」
 かろうじて答えたが、何か馬鹿にされたような、施しを受けたような気がして、不快だった。何か、気持ち悪い。何かアンフェアだ。お金がない場所ということで「ナイス区」とやらを探していたはずなのに、なぜ嫌なのだろう。そう考えてゆかりは気づく。

 私は、お金を意識しないで生きていけるキブツのような場所を求めていただけだったんだ。こんな形でご飯が食べていけて、物も買えるなんて、そんなの、何かズルい。

 私はお金を稼ぐために努力をしてきた。家が裕福ではなかったから、奨学金をもらって大学に入った。就職してからは、一刻も早く奨学金を返済しようと、つつましく生活してきた。就職したって奨学金の返済が大変で、特に贅沢なんてできるわけではなかった。退職後はさらに大変で、フリーランスのライターとして記事を何本書けば家賃が払えるかと指折って数えてやってきた。フリーランスには体を壊すゆとりは一切ないのだと感じていた。

 でもこういう状態なのは私だけじゃない。みんな、そうだ。乗りたくない満員電車に乗り、しゃべりたくもない上司にお世辞を言い、付き合いづらい同僚とうまくやろうと努力し、残業するなと言われるから家に仕事を持ち帰り、ノルマに追われ、納期に追われ、締め切りに追われ、自分の首が危うくならないように胃を痛めつつ部下のリストラを行い、業績悪化で絞られないように朝早くから遅くまで働く。

 そうやって、みんなみんな、お金を稼ぐために、頑張っているんじゃないか。やれることをやり、疑問に思うことも飲み込んで、自分をすり減らしながらお金を稼いで、やっとご飯を食べているんじゃないか。私の両親だってそうだった。なのに、ここでは単に家事をしただけでご飯が食べていける。何か、ずるい。何か、ズルをしている気がする。

 そんな気持ちを、ゆかりはどうしても拭えなかった。

(18) に続く

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