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NiCE(20) ギフトキッチン


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お金に関するフィクション
『NiCE』の20回目です。
本文はそのまま読めます。第1回はこちら
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ミカが連れて行きたいと言っていたのは、スーパーUIの片隅にあるフードコートだった。
「このフードコートね、ちょっとおもしろいよ。ミカ、けっこう好きなんだ。今日のランチはここで食べよ!」
 ミカは声を弾ませてそういった。車椅子をスキップしながら押しているのが、振動でわかる。

 フードコートの入り口には「ギフトキッチン」という看板がある。きっとナイスを付与するレストランなのだろうと考え、ゆかりはスーパーUIで初めて「受領」した時に感じた、公然と万引きをしているような感覚を思い出した。NiCEへの違和感が、胸の奥で再燃する。

 NiCEなんて奇妙な仕組みを使わず、普通のレストランで、ちゃんとお金を払って食べたい。もしくは、ミカの家で。しかし、ゆかりは言い出せなかった。何せ車椅子に乗せてもらっている居候の身だ。ややこしいことを言ってめんどうがられて追い出されるわけにはいかない。ゆかりはそう思って、言いたいことを飲み込んだ。

 「ギフトキッチン」は、洋食屋、ラーメン、和食屋を売る店子がコの字型に並び、真ん中にテーブルがいくつか置かれていた。6人掛けテーブルが基本だが、端に2つだけ2人がけの席がある。食券機はないらしい。蛍光灯ではなく白熱灯がついているからか、スペースをブロックを積み上げて囲っているからか、スーパーの中にはあるが、見ようによってはちょっとしたスペインバルのようにも見える。

 カジュアルな雰囲気だが、以外と高かったらどうしよう。自分の保有ナイスで食べられるのだろうかと少し不安になって付与すべきナイス数でも書かれていないかと店内を見渡すが、見当たらない。ミカに聞くと、メニュー表はないという。毎日メニューが変わるからだそうだ。ここの人たちは、メニューがなくてもお店に聞けばわかるから問題ないと考えているらしい。お店の人と話すのかと、ゆかりは少し面倒に思う。

 このフードコートは相席が基本だという。ミカは店内をさっと見渡す。少し早い時間だったからか、店内にいたのは四十代くらいと思われる男性が2人。一緒に食べたい相手ではなかったのか、ミカは「ゆかりんは慣れていないから2人がけにしよっか」と端っこの席を陣取った。

「歩くの、大変? たぶん自分で食べ物を取りに行った方が、この『ギフトキッチン』のおもしろいところがわかると思うんだけど」
とミカが言う。足に体重をかけてみると、ずっと車椅子で足首を休ませていたからか、意外と痛みはなかった。車椅子に座り続けてちょうど腰も痛くなってきたところだったので、立ち上がってみる。長く歩くのは難しそうだが、注文して、食事をとって戻ってくるくらいはできそうだ。そう思って立ち上がる。

 天丼を食べている先客が見えた。フードコートの天丼は高価なものではないだろう。持っているポイントで十分受け取れるはずだ。先ほど感じた、ポイントが足りなくて食べられないかもしれないという不安を振り払ってゆかりは和食屋さんに向かった。ミカが後ろからついてくるのがわかる。

 和食屋では、二人の店員が働いていた。店に近づくと、ゆかりとミカに気づいて、一人が顔をあげる。
「あ、ミカちゃんいらっしゃい」
「こんにちはー! お兄さんが今日はお店担当だったんだね。この人は、ミカの家に住むことになったゆかりん。ゆかりんはギフトキッチンに今日初めて来たの! まだシステムの説明、してないんだ!」
えらくうれしそうにミカが答える。

 店員は、角刈りの四角い顔を和らげて
「うわ、初めての人に居合わせるとは。光栄だなあ。うれしいねえ。来てくれてありがとう」
と満面の笑みを見せた。ゆかりはおずおずと
「今日のメニューは何ですか」
と聞いてみる。
「天丼、刺身定食、天ぷら定食、天ぷらうどん、天丼、うな重、天丼、それから天丼があるよ」
 ミカは後ろで笑っている。おすすめは天丼なのだろう。

「じゃ、天丼ください。ナイスアカウントと、最低ナイス数があれば教えてください」
 そう答えると、四角顔の店員はうれしくて仕方ないといった顔をした。
「ナイスは、前にきたお客さんがお姉さんの分も付与してくれているからいらないよ。つまり、お姉さんの分の食事は前の人からのプレゼントだ。なんでも食っていきな。なんなら天ぷら定食と、もう一つ天丼を頼んだっていいんだよ。今日はエビと天ぷら粉をたくさんもらっちゃったからさ、エビの天ぷらをじゃんじゃん食べてもらわないとならないんだ」

 ナイスもいらないのかと驚いてミカをみると、ミカもうれしそうににやにやしている。
「ちなみに、ここで働いている人たちはみーんなボランティアだよ。調理担当は飲食業の経験がある人ばかり。俺も以前は寿司屋で働いていた。あと、フロアで働いている人たちもボランティアだ。使っているのも、誰かがくれた食材ばかり。ここは全部、『情けは他人のためならず』『誰かから受けた恩を、別の誰かに渡す』という発想で運営されてるんだよ。ぜーんぶ誰かのプレゼント。すごいだろ」
と彼は続ける。

 「見知らぬ誰かから『優しさ』を贈ってもらえるってわけ。とにかく『優しさ』を受け取ってくれるだけで俺たちは満足なんだけど、もしゆかりんさんが自分も誰かに『優しさ』のプレゼントとして次に来た誰かに食事を送りたいと思ったら、あそこのボードに書いてあるNiCEアカウントに好きなだけポイントを贈ってくれ。そのナイスはフードコートの運営費や食材の受領に使われる。でも別にここでポイントを付与しなくてもいいの。『優しさ』は別の形で贈ってもいいんだよ。たとえば、帰り道に誰かにプレゼントを渡すとかさ」
 そういって店員はフードコートの入り口に置かれたボードを指差した。

 ミカや店員がとてもうれしそうなので、ゆかりは急いで笑顔を作ったが、内心では戸惑っていた。自分はボランティアによる善意や誰かからの施しを必要とするような人間ではない。タダほど高いものはないんじゃないか。食べたらここで働けと言われるのではないか。そう思いながらも礼を言い、でも天丼だけで十分と伝える。

 食事を受け取って席に戻ろうとすると、先ほど見かけた先客の一人がさっと歩み寄ってきた。ゆかりが足を引きずっているところを見て、席まで運んでくれるという。自分でできると伝えたが、「情けは他人のためならず、ですよ」と言うので、運んでもらった。その人の連れが、セルフサービスのお茶を注いで持ってきてくれる。みんなにこにこしているが、笑顔を負担に感じる。善意はありがたいが、気疲れする。ほおっておいてほしい。席につくとため息がでてしまった。

「こういうふうに、お金がなくても、ナイスポイントがなくても誰かが食べさせてくれる場所があったら、どんなに貧乏でも餓死しちゃう人はいないよね。それがすごいってみんな言ってるよ。で、ミカも時々ここでフロア係としてボランティアしてるの。フロア係というか、寂しそうに一人でご飯を食べている人とおしゃべりする係っていうか。けっこう喜ばれるよ。それにね、ギフトキッチンで働いたよーって発信すると、ツイッターとかのフォロワーが増えるし、ナイスももらえちゃうんだ」
と、ミカはゆかりの様子に気づかずに興奮した様子で話している。

「それに見て。この新聞。この『Oranges』って新聞にね、さっきのミスターCのことも載ってたの。これ、ナイス立ち上げメンバーの一人の美咲さんっていう人が立ち上げた新聞なんだって。ナイスをもらうべき人のニュースを集めて翻訳したり、取材したりして記事を作っているの。今はNiCE運営本部が記事を書いているんだって。インターネットでも見られるんだよ。この新聞に載ると、たくさんの人がナイスを送るから、一気にナイスリッチになっちゃうんだって。ミカもいつかこれに載せてもらいたい〜。ギフトキッチンに行ったってツイートすると、いつもこの『Oranges』編集部アカウントもナイスくれるから、きっとミカのことも気づいているはず。いつかミカのことを取材してくれるかもしれないよねー!」

 ちらっと覗くと、ミカの手にした新聞の一面には、「障がい者雇用を促進する、おしゃれでかわいいアクセサリーを作るブランド、ラ・ラック」「『あなた一人だけのピアノコンサート。下手だけど心を込めて弾きます』と年間300件のコンサートをこなす、バロック」などの文字が見える。こういったものが新聞の一面に載るほどの価値をもつのだろうか。ゆかりは頭が痛くなった。

 機械的に天丼を口に運び、機械的に咀嚼して丼の中身を片付ける。おいしいかどうか以前に、全部もらいものでボランティアが作っているという食事は、ちょっと気味が悪いと感じた。それは、商品としてパッケージ化されていないからこそ不正がありそうな、何か異物でも混入しているのではないかと不安になるような感じだった。

「ゆかりん、具合悪い? 顔色が悪いよ。疲れた? 食べ終わったなら帰ろっか」
 ミカの家に帰り、部屋に入って畳の上に座ると、二度と動きたくないと思うほどくたびれ果てていることに気づいた。いちいちコミュニケーションの量が多い。この世界で生きていくのは相当に疲れそうだ。ゆかりはふすまを眺めながらそう思った。

(21) に続く

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