NiCEトップ2

NiCE(2) 生気のない弱々しい木々

===================
お金に関するフィクション
『NiCE』の2回目です。
本文は無料です。第1回はこちら
===================

「『ナイス区は貨幣経済を排除したオルタナティブ国家』。私もネットで見ました。でも、こんな荒れ果てた場所に、本当にあるんですかね……」

 軽井沢からそう遠くない別荘地で、森林という気持ちのいい場所のはずなのに、生気のない弱々しい木々が乱雑に生え、倒れ、別の木に絡みつき、道には土壌が流れていて薄暗い。別荘も、テラスや屋根、外階段が朽ち果てているものばかりだ。

「たしかに。僕もちょっと思いました。ナイス区ってけっこうハイテクなイメージなのにって。でも、存在を隠しているからじゃないですかね」
男性はいう。

 男性はコウタという名だった。大学3年生だが、大学を辞めるつもりだ、どう考えても会社勤めをしながら奨学金を返済し、老後の資金を貯めて死ぬまで食べていける気がしないし、早いうちからナイス区に入って実績を"貯め"たい、と話した。
「実績?」
「僕も詳しくはわからないんですよね。実はナイス区のことについては、ネットで断片的な情報を集めて読んだだけで」
と彼は言った。

 ゆかりも同じだった。Webライターの仕事のために、ネットでリサーチをしていて「ナイス区」というワードに出会った。あるサイトに書かれていた、
「お金というものは、非常に不完全な創造物なんです。ナイス区は、その不完全さから脱却した場所です」という言葉に惹かれたのだ。

 なんとなく気になって調べたが、まとまった情報はどこにもなかった。それでもここに来たかったのは、31歳で会社を辞めてフリーになってから2年経つのに、なかなか楽にならない金銭的状況から逃れたかったからだ。匿名で書かれた掲示板やTwitter、ブログなどに書かれたナイス区に関する情報を総合して、道順を探り当てた。

 ナイス区で人々がどんな暮らしをしているのかよくわからなかったが、イスラエルのキブツのようなものなのではないかと思った。一度入ったら出られなかったり、財産を没収されたりするような場所ではなさそうだった。暮らしてみて嫌だったら、帰ればいい。ナイス区については誰もまだWebメディアに記事を書いていなかったから、もし少し暮らしてみて嫌だったら出てきて記事を書こうと思っていた。

「ナイス区って、情報が世に出ないように気を使ってるんじゃないですかね。なんか、そんな雰囲気があります。ナイス区についてネットで書き込みをしている人に声をかけても返事くれないし。なんと言ってもオルタナティブ国家ですからね。日本の中に別国家を作ったら、やっぱり何かの法律に引っ掛かりそうじゃないですか」
とコウタは歩きながら言った。

 もしそれが本当なら、計画を立て直さなければならない。それでも、1週間も滞在して食費が浮けば、ここに来た元は取れると思った。編集部に依頼されたわけでもないネタで、取材費が出るような仕事ではない。

 スマホにメモしたナイス区までの道順をコウタと照らし合わせる。全く同じで心を強くし、「昼食をナイス区でいただきたいですよね」などと言いながら歩みを早めた。

 あと少しで到着、という頃になって森が明るいのに気づいた。木の間隔が空いていて、倒れたままの木も少ない。
「あ、あれじゃないかな」
コウタが指差す方向を見ると、周りの朽ち果てた別荘とは違い、使えそうな別荘が何件も建っていた。階段をかけ直したり、ペンキを塗り直したりしたのか、建物の古さに比べて一部が新しく見える建物もある。周りの木々がこざっぱりと刈られ、屋根に乗せられた太陽光発電機や太陽熱温水器にしっかり日が当たっている。この辺りだけ、雰囲気が異なる。ネットで読んだナイス区の姿だ。

 とりあえず、ぐるりと周りを歩いてみる。一区画丸々似た感じのリノベーションがされた家で、30戸はあっただろう。真ん中に小川が横切り、その脇にキャンプファイヤーでもできそうな場所があった。
「どのうちを訪ねていけばいいか、わかりませんね。とりあえず、誰かいそうな家で聞いてみましょうか」
と、小さな声でコウタが言う。

 聞いてみてほしい、ということなのだろう。履いているコンバースのつま先のラバーの一部が布から浮いていてみすぼらしいのが急に気になってきたが、心を決める。けっきょく区画の入り口に一番近い家に行ってみることにした。呼び鈴があり、玄関までが見通せて、人の姿が見えたからだ。

「こんにちは。ここにナイス区という場所があると聞いたんですが」
呼び鈴に答えて戸口から顔を出した初老の男性に向かって声を掛ける。
「ああ、またか。ナイスとかいう場所を訪ねてくる人、ときどきいるんだけど、たぶんもうここじゃあないよ」


 (3) に続く

==このノートは投げ銭方式です。==

 本文は全て無料公開です。この下の有料パートに書いていくのは、NiCEを書く時に参考にした話だったり、日々考えたことだったり。今日はWEBライターに関して考えたこと。

続きをみるには

残り 946字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

最後まで読んでくれてありがとう。気に入ってくださったら、左下の♡マークを押してもらえるとうれしいです。 サポートしてくださったら、あなたのことを考えながらゆっくりお茶でもしようかな。