見出し画像

NiCE(19) ミスターC

===================
お金に関するフィクション
『NiCE』の19回目です。
本文はそのまま読めます。第1回はこちら
===================

 朝食の片付けの後、ミカが、連れて行きたいところがあるというので、車椅子に押してもらって出かけることにした。大方、私を見せびらかしてナイスをもらいたいのだろうとゆかりは思ったが、ミカにたくさんナイスを付与できない負い目もあり、おとなしく従うことにしたのだった。

 目的地は少し離れたところにあるようで、ミカは出がけにアニマル柄の縁のサングラスを取り出し、「陽射しがまぶしいから、これかける?」と言ってくれた。赤字に小さな白ドットの半袖半ズボンのオールインワンをきたミカは、黄緑色の縁のサングラスをかけている。ゆかりが着ている、スーパーUIで受領してきたリネンのシンプルなワンピースに、ミカならアニマル柄のサングラスをかけるのだろう。しかし、あまりに自分のキャラと異なると思って、笑って断る。ミカは意に介さず元気に車椅子を押し始めた。今日はツインテールにしているミカの髪の毛がふわふわ揺れる。山間の村に派手すぎるのがおかしい。

 歩きながら、ミカはさまざまなナイス区の仕組みを教えてくれた。たとえば、ミカが物を落とす。それを誰かが拾ってNiCE運営本部に届けてくれれば、ミカは拾ってくれた人にポイントを渡せる。

 たとえば、道路がとてもきれいになっていたとする。知らない間に道路を掃除してくれた人にポイントを渡したいと思えば、ネットで呼びかけて名乗り出た人にポイントを渡せる。嘘をついて名乗り出る人がいても、位置情報の履歴やNiCE運営本部が飛ばしている探し物探索ドローンの画像データ等を利用して、実際に掃除していたかが確認され、真偽が疑われる場合はNiCE運営本部の権限でポイントは付与されない。

 知らない間に掃除をしてくれたという問い合わせが複数寄せられた時には、NiCE運営本部が捜査し、掃除をした人を特定してナイスを代わりに付与する。良いことをしている人にすれ違った場合は、相手と自分の位置情報を利用することで、アカウントがわからなくてもナイスを渡せる。NiCE運営本部は、警察というか、学校の先生のような役割を果たしているのかもしれないとゆかりは理解した。

 車椅子を押してもらい、ミカの話を聞きながら、プランターで緑に埋め尽くされた街並みをゆかりがぼんやりと眺めていると、ミカが突然「あーっ」と叫んで走り出した。車椅子がガタガタと揺れる。自転車からたった三分で組み立てた車椅子だという事実が、分解するのではないかという不安を煽った。ミカは息を切らして走る。

「ミカちゃん、なになに? どうしたの?」
「幻の、ミスターCがいた!」
 見ると、遠くに小柄な老人がいた。ゴミを拾っているか何かをしているようで、道にしゃがみこんでいる。強い日差しを避けるため、麦わら帽子を被っている。

「あの老人? 何かすごい人なの?」
「そうそう。ミスターCと会えると、ミスターCからも、周りの人からもナイスがいっぱいもらえるらしい。あの人、誰にも何も言わずに汚くなった場所を徹底的に掃除してくれるらしくて、『ありがとう』っていうと『ありがとうと言ってくれてありがとう』ってナイスくれるらしく、掃除する場所がみんなに喜ばれる場所で、しかも徹底的にやってくれるから、ナイスいっぱい持ってて、その場所は特に掃除しにくいところとか、汚れが落ちにくいものとかをやってくれて、いつもあんまり人と会わない時間に掃除しているらしく、」

 走りながら話すからか要領を得ないが、多くの人が困っているが掃除しにくいところを人知れずに掃除することで、たくさんナイスをもらっている人なのだろう。そして偶然出会って対面で謝意を伝えると、それに対してナイスを付与してくれるようだ。

 ミカは息を切らせて老人に近づく。よく見ると老人は、道一面に散らばった細かいガラスのかけらをハンディ掃除機で吸い取っているところだった。ミカが近づいてくるのに気づいた老人はしゃがれて聞きにくい声で
「危ねえから、こっちにくんな。あっちを渡れ」と怒鳴った。本気で怒っているようで、目が殺気立っている。

 そんな反応を予想していなかったのだろう、ミカはびくっと足を止める。それでも
「おじさん、いつも道をきれいにしてくれてありがとう!」とミカが叫ぶようにそう言うと、

「わざわざ言いに来たんか。ご苦労なこったな。暇なんだろお前ら」
 老人はそう吐き捨てるように言う。ミカは驚いたためか、足を止める。それを見て老人は、
「さっさと帰れ。いちいちジロジロ見てくんな」と怒鳴る。

 ミカは硬い表情で早足で車椅子を押して歩き出した。しばらくして、落ち着いたのか、ミカが口を開く。

「ああ、びっくりした。あんな感じの悪いじいさんだとは思わなかった! NiCE運営本部が出してる『Oranges』って新聞があってね、いい取り組みをしてるのにあまり知られてない人を紹介しているの。あの人はそこに載ってたんだ。でもなんか変だったんだよね。普通は取材された人は顔写真とか名前とかナイスアカウントとか載せているのに、あの人は遠くからの写真と『ミスターC』っていうニックネームだけだったんだ。なんか変だと思ったら、偏屈じじいか」

 ミカがそう言った途端、ゆかりとミカのスマホと同時に振動してナイスが付与されたことを知らせた。あの老人がナイスを付与してくれたのだろう。

 ナイスを付与してくれた老人のアカウントを確認してみる。ミカも車椅子を押しながら同じことをしていたようで、車椅子の上から大きな声が降ってきた。
「あの人、すごい。道路掃除で私の何万倍もナイスもらってるよ。すごい!」

(20) に続く

==このノートは投げ銭方式です。== 

 本文は全て無料公開です。この下の有料パートに書いていくのは、NiCEを書く時に参考にした話だったり、日々考えたことだったり。

続きをみるには

残り 521字

¥ 100

最後まで読んでくれてありがとう。気に入ってくださったら、左下の♡マークを押してもらえるとうれしいです。 サポートしてくださったら、あなたのことを考えながらゆっくりお茶でもしようかな。