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バリ日記10日目(3/3)

ウブド宮殿でのレゴンダンスを見終えて、ご飯を食べようとお店を探して街を歩く。土曜日だからか、まだ9時半なのに「もうラストオーダーは終わっちゃった」と何箇所かで言われてしまい、焦る。なのに、夫ときたら「ここはフランス人がいっぱいいるから嫌だ」とか言って選り好みする! まずそうとか、不潔そうだとかという理由なら理解できるけれど、フランス人がいっぱいいるから嫌ってどういうこと!?

そんなことを言っている間に、ウブドの中心部を外れ、車を路駐したあたりまで来てしまった。まずい、このままでは食いっぱぐれる! 食材を調達しなかったから、ホテルにキッチンはあっても食材がろくにない。

どこでもいいからとにかくお店に入ろうとして見渡したら、そんなに混んでいない、ローカルの人ばかりのような、でもイマドキっぽいレストランをみつけた。お店の天井からたくさん下げられた色とりどりの提灯が楽しい。ラストオーダーを過ぎているような雰囲気もあるのだけれど、夫がちょっと聞いてみたら「いいよ、入って」と入れてくれた。

ホッとして、いそいそとお店に入り、またナシゴレンとサテとビンタンビールを頼む。そればっかり食べているけれど、飽きない。ビンタンビールで乾杯。本当にギリギリだったのか、私たちの直後に来た白人の女の子たち二人は「ごめんねー、もう閉店なんだよ」と言われて断われていた。

「いいよ、入って」とお店に入れてくれた人は、30代半ばらしき男性。たぶんオーナーじゃないかと夫が言う。私もそう思った。なんとなく、雰囲気が違う。一般的なバリ人よりもずっと背が高くて、何か手慣れたような、外国育ちっぽい、モテそうな雰囲気を纏っている。ヨージヤマモト風(でも違うとわかる)のおしゃれなパンツを履いている。きっと彼はお金持ちバリ人の家の子で、手広くビジネスをやっているに違いない、と二人で勝手に彼のバックグラウンドを想像して盛り上がった。失礼で下品な私たち。

日本語で話していると、その彼がいきなり夫に「日本語で話しているの?あなたはフランス人でしょう?」と英語で話しかけてきた。夫は彼に背を向けていたから気づかなかったかもしれないけれど、お店に入った時からずっと、彼は夫に話しかけたそうなそぶりだったのだ。私たちのテーブルに椅子を近づけてくる。

話してみると、彼はやはりこのお店のオーナーだった。ジェイというニックネームの彼は自分のファッションブランドを持つデザイナーで、いつもはバリではなくフランスのパリや、ミラノに住んでいるという。フランス語もペラペラなのに、私がフランス語を話せないとわかるとすぐに英語にスイッチしてくれた。一気にジェイのことが好きになる。

このレストランは、ジェイがバリに戻ってきたときに本物のバリ料理を食べられるようにと、彼の友達に厨房を任せてやっているらしい。バリに帰ってきたときには自分のウブドのヴィラに泊まってここでご飯を食べるのだと、ゴージャスなヴィラの写真を見せてくれる。おしゃれなパンツを褒めると、これは自分のデザインだ、ウブドにもショップがあるから見ていってとうれしそうに言われる。

ジェイに一瞬で気に入られた夫は気が大きくなったのか、きっときみはお金持ちの家に生まれて、手広くビジネスをやっているんだろう、と私たちが勝手に妄想した彼のバックグラウンドをぶつけてしまった。すごい突撃力。

するとジェイは、僕はものすごく貧しい家で多くのきょうだいに囲まれた育ったのだと教えてくれた。小さい頃はバリダンサーで家計を助けていたという彼がちょっと指を動かすと、指が長く大きな彼の手は直前に見たレゴンダンスの踊り手のように雄弁で、説得力がある。話しながら彼は夫に軽く触る。なんとなくなまめかしい。

彼は子宝に恵まれなかった親戚夫婦に引き取られ、そのおかげで教育を受けさせてもらえたらしい。

「今になると、両親が自分にチャンスを与えたくて養子にしたというのはわかる。でも当時はそんなことはわからないから、なぜ自分が捨てられたのかと悩み、すごく苦しかった。その苦しさを忘れるために、なんでも猛烈にやったんだ。やりたいと思うことは徹底してやったよ。だからブランドも作れたし、店も世界あちこちに持てたし、レストランも作ったし、ヴィラもある。今度バリダンスの舞台プロデュースもするよ。なんでもやりたいことをためらわずにやってしまえばいいんだ」と、彼は笑った。

ジェイが「連絡先を教えるね」と言い出して自分の手帳にメールアドレスなどを書きだした。ちらりと見えた手帳には洋服のアイデアがたくさん書いてあって、おおおと思う。ノートを破いて、夫に連絡先を渡すジェイ。私もうれしくなる。

が、なんとなく視線を感じる。ジェイが元いたテーブルから、V6の長野くんに似たバリ人男性が黒目がちの瞳でこちらの方をちらちら見ている。特に夫を鋭い目線で見ている。目が合うと、硬い表情でプイと目を逸らされてしまう。ああ、そうか、でもこちらは心配ないよ。

ジェイがよくしてくれて長居をしてしまっているけれど、お店の奥はどんどん片づけが進む。長野くんも片付けを手伝っている。先にお勘定を済ませてしまおうと金額を聞く。バリのお金は桁数があまりに大きいので10日目でも慣れなくて、10倍の額を渡してしまい長野くんにギョッとされた。ぎこちなく笑われて間違いに気づき、私も笑う。少しだけ長野くんの態度が柔らかくなる。

ずいぶんゆっくりさせてもらい、お礼を言ってお店を出る。お店のすぐ近くに停めていた車に乗り込んだら、お店の提灯の電気が消えた。ジェイが長野くんの運転するバイクの後ろに乗り、片手で長野くんの腰につかまりながらタバコを吸いながら出発するのが見えた。

バリの南国の夜の空気は甘くて、たくさんの想いにあふれているような気がした。

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