反ワクチンからワクチン支持へ

アメリカのワクチン支持の親たちのサイト、Voices for Vaccines http://www.voicesforvaccines.org/ に掲載された若いお母さんの手記 

ある母親の旅路 

                         クリッシー(仮名)


元記事はこちら。

http://www.voicesforvaccines.org/from-anti-vax-to-pro-vax/

2005年に最初の子が産まれた時、私たち(夫婦)はきっちりスケジュールどおりに予防注射していました。私はずっと自然健康法や自然食品が好きだったので、ワクチンのどうにも危険そうな名前の添加物について最初に学んだときに、不安を感じました。それから長男が(そのとき8ヶ月でした)軽い百日咳になったとき、私は「なんの役にも立たない」予防注射をいっぱい打ったことに腹を立ててしまいました。 

 私は反ワクチンの世界に深く入り込んでいきました。いくつものウェブサイトを読み歩き、手に入る限りの本をすべて読みました。自分が十分な情報を得た上で選択したと確信を抱けるようになるまで、添付文書を、医学雑誌を、CDCのピンクブック(ワクチン関連の学習教材で正式名は「Epidemiology and Prevention of Vaccine-Preventable Diseases(疫学とワクチン予防できる病気の予防)」)を読みました。.そもそも私自身がワクチンを受けていなかったし、完璧に健康でした。父はワクチン(が有効だと)信じていなかったのですが、なぜなのかについての本当のところを話してくれたことはありませんでした。私は親の集まる掲示板に盛んに投稿するようになり、あらゆる機会をみつけては自分の「調査」結果をシェアするようになりました。 とうとう自分のワクチン情報ウェブページまで作ってしまいました。

数年後、二人目の子どもがお腹にいるとき、夫と私は長男の発達具合をひどく心配するようになりました。長男は遅れていて、それに他の子どもたちとは、ただとても…違って見えたのです。かかりつけの小児科の先生は古い世代の人で、全く気にしているようではなかったのですが、長男の様子はとにかく私を悩ませ続けました。夫と私は彼が「それ」から成長して抜け出すまで様子を見ようということで一致しました。「それ」の正体が何なのかは、わかっていませんでした。そのすぐあと、10月中旬のある午後になるまでは。

そもそも、私はテレビのトークショーは絶対に見ません。ですから、これはすごくおかしなことなのです。その午後、夫が公園に出かける準備をするのを待ちながら、オプラ(オプラ・ウィンフリー・ショー。アメリカの超有名女性司会者オプラ・ウィンフリーのトークショー。日本で言えば「徹子の部屋」のような人気番組)を見たのです。その日のゲストはジェニー・マッカーシーでした。(ジェニー・マッカーシーは金髪が売り物のプレイメイト出身のモデル、女優。映画監督のジョン・マロリー・アッシャーとの間の息子エヴァンが自閉症だったことから、反ワクチン運動の旗手となり、自閉症の自然療法についてベストセラー本を書いている。)私はジェニーが90年代のMTVのデート番組「シングルドアウト(選ばれた人)」に出てたことぐらいしか知りませんでした。なぜ彼女がオプラに出てるの?どうやら彼女は自分の新しい本「言葉よりずっと大切なもの」のプロモーションで出演していたようでした。彼女が自分の息子の特徴を説明し始めたときに、その瞬間はやってきて、突然ひらめきました。「これだわ:自閉症よ!!」

確かに息子ボビーは2歳9ヶ月としては標準的な言葉数で話していました。でもその話し方がちょっと特殊でした。その他は全部ぴったりでした。反復的行動、ものを回転させる、相互活動の欠如、感覚の問題、すべてあてはまります。ひと月もしないうちに定期検診の時期が来たので、小児科の先生に聞いてみました。前に書いたように年配の先生なので(私が生まれる前から開業されていました)きわめて率直に自分には自閉症についての知識はないと認められました。… ということはこれからどうするかは自分たちで解決しなくてはならないわけです。3歳の誕生日直後にボビーは診察を受けて自閉症だと診断され、ABA(応用行動分析)プログラムの全日制療育園に入園しました。

最初、私は自分の心配がようやく確認されたのでほっとしていました。それから怒りがわいてきました。12ヶ月でワクチンをやめる前に打ったワクチンでこの子は被害を受けたのだと確信したからです。当然ながら、生まれたばかりの長女に「毒」を与えるつもりもありませんでした。.二つの世界が交わった結果、私は当然ながら自然療法運動につかまってしまい、私がボビーを「デトックス」で「治す」のだと固く信じるようになりました。かわいそうな息子は特別な除去食を食べさせられ、数え切れないほどのサプリを飲まされ、クレイバスに入浴させられました。エプサム塩マッサージも。何でもござれでした。彼は大きな進歩を見せて、療育園で最も高機能の子どもにまでなりました。傲慢にも私はこれは自分が自然療法に打ち込んだからだと信じていました。ボビーが療育園を卒園したらホームスクールすると決めていました。私たちの学区の小学校には彼を受け入れる場所がほとんどなかったからです。私は自然療法を続けていましたが、以前よりはかなり減っていました。家計がずっと苦しくなってきていたのです。 ホームスクールは最初は良かったのですが、だんだん負担が大きくなってきました。私は一日中ボビーの行動と向き合うのに疲れ果てて気力がなくなってきていました。

そして、去年の12月に3人目の子どもが生まれました。出産中にB群レンサ球菌に母子感染してしまったので、私も赤ちゃんもとても深刻な健康状態になる恐れが出てしまいました。私は奨められた抗生剤の静脈投与を受けましたが、病院に着いたときには、出産が迫っていて4時間の十分な投与を受けるだけの時間がもうありませんでした。もちろんこれはワクチンと関係はありませんでしたが、このおかげでワクチンを含む医療についての自分の考え方を見直すことになりました。赤ちゃんに会いに新生児ICUに行くと小さな赤ちゃんたち、小さな子はバービー人形より小さいくらいなのです。その子たちを見てまわって、こんなに小さな未熟児でも今は生きるチャンスがあるようになった科学の進歩に畏敬の念を抱きました。しました。我が子もたった一つの抗生剤で重篤な病から、それどころか死の淵から救われたのです。すると、ワクチンも同じかも知れないとの考えが浮かんできました。私は大急ぎでこの考えを押しのけようとしましたが、この小さな洞察を消してしまうことは出来ませんでした。 とはいえ、この私がワクチンについて考え直すなんて出来るはずもありません。長男は1歳以降ワクチンを打っていないし、3歳の長女も一度もワクチンを打っていません。私はまだワクチンは毒だとしか考えられませんでした。ただ急にワクチンを奨める側の意見もしっかり読んでみたいと言う思いに駆られたのでした。

セス・ムネキンの本「パニック・ウイルス」(未訳)がちょうど出版されたばかりでした。(パニックウイルスは反ワクチン運動を勢いづかせたウエイクフィールド事件と、自閉症ワクチン原因説、巻き込まれた親たちを取材したノンフィクション。)興味深く思えたので読んでみました。わあ!私は少なくともいくつかのワクチンは選んで打っても良いかもと考えるようになりました。この本にはオフィット先生のことが何度も何度も出てきたので、だんだん先生の本を読んでみようかと思うようになりました。 先生の本を一週間をかけて全部読んだその期間で、私が信じていた反ワクチンの考え方は全部崩れ去ってしまいました。.私は自分が自分で思っていたほど利口ではなかったことを思い知りました。ムネキンとオフィットの本は、反ワクチンと自然療法のすべての見解を完膚なきまでに解体してしまいました。自分がどれほど間違っていたか、子どもたちを重病にかかる危険にどれほどさらしていたか、自然療法のインチキにどれほどつぎ込んでしまったかを悟り、私は自分自身に怒りを感じていました。 残念なことに、子どもたちのためになんとか日常をやりくりしつつ、ホームスクーリングをして、ひどく機嫌の悪い新生児の世話をしようとしているうちに、私は壊れてしまいました。文字通りガタガタになって、神経衰弱の薬を飲まなくてはならなくなりました。 家計が苦しいので、私の薬代と心理療法の医療費を払うにはボビーのサプリと特別除去食品を削るしかなくなりました。(アメリカには公的な健康保険がないので、医療費は日本人には信じられないほど高い。)ボビーが退行して、今までの進歩を失うのではないかと恐怖しました。でもどうなったと思います?何にも。ボビーは良くも悪くもなりませんでした。ということは、私たちは3年間お金をどぶに捨ててきたということになります。

 その次に真実の時がやってきました。子どもたちにワクチンを打ったのです。最初が3歳の長女でした。注射はとても怖かったようですが、必要なものは全部打ちました。末の赤ちゃんには推奨スケジュールよりずっと遅らせて打つつもりでしたが、遅らせる論理的な理由は何もないと気付いて、推奨スケジュール通りに打つことにしました。.長女も次男も問題なく、定型の発達をしています。 ボビーにワクチンを打つつもりはなかったのですが、公立小学校に入れることにしたので(今までより良い特別支援学級のある学区に引っ越したのです)、無防備なまま学校に行かせるわけには行かないとわかっていました。それに赤ちゃんがいるのにワクチンで防げる病気をもらってこないようにしなくてはなりません。ボビーも入学までに必要な数本を打ちました。私は心底脅えていたのですが、どうなったと思います?何にも。退行しなかったどころか、対人スキルで大きな進歩を見せたのです(もちろん偶然です)

ひょっとすると、ほんとうにひょっとするとワクチンはボビーの自閉症とは全く関係なかったのかも知れなません。彼は退行などしたことはありませんでした。ただ発達が遅れただけでした。今、下の二人の子どもを育てていて、ようやくそれがわかってきました。

 私は反ワクチン運動全部に大きな怒りを感じています。その巧妙なトリックに、心配する親たちをくいものにしてきたことに怒りを感じています。私がそうであったような、切迫した自閉症児の親たちをペテンにかけていることに怒っています。 多くの母親たちにワクチンを打つのをやめるように奨めてしまった自分に怒りを感じています。でも私はゆっくりですが償いをしています。 自分の信条の変化について発言し、どんな反ワクチン運動家を取り巻く人々とも議論できます。します!子どもたちは必要なワクチンを打ち追えて、今までになく幸せで健康です。

私も最初の予防接種を受けたんですよ。

クリッシー3人の素晴らしいそしてちゃんとワクチンを打った子どもたちの母親です。

編集部注:クリッシーのこの記事が最初に別のブログに投稿されたとき、反ワクチン運動家の大変な怒りをかってしまいました。そのためにクリッシーは仮名とすることにしました。


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