【短編小説】 仕返し

「あいつ、絶対に許さない」

鼻息荒く乱暴な言葉を口にするアカを、なだめるように声をかける。

「うん、そうだよね、分かる分かる」

「だからいいよね、ちょっとくらいいいよね?」

私を見るアカの目つきがいつも以上に尖っていて、思わず怯んだ。ずんずんと歩き出した背中を慌てて追いかける。

「明日香…あ、違う、アカ!ちょっと待って」

「アオ!絶対に名前で呼ばない約束だよね!もし誰かに聞かれたらどうすんの?」

「ご、ごめんね、気をつける」

「もう本当にとろいんだから!あんたがいたら失敗しそうで怖いわ」

木崎英雄の家に忍び込もうと声をかけてきたのはアカだった。長年付き合っていたのに、木崎に浮気をされて捨てられたのがどうしても許せないらしい。

忍びこむだなんて、仕返しだなんて、絶対にいけないことだと思ったけれど、幼馴染のアカを見捨てることができず、私は協力することにした。

アカの計画は単純だった。木崎が帰る前に木崎の部屋に忍び込む。大企業の課長だかプロジェクトリーダーだか不明だが、稼ぎのいい木崎はいい部屋に住んでいる。そこで浮気相手の証拠を探すらしい。「浮気相手の証拠なんてどうするの?」と聞いたら、「会社にばらまいてやる」と言い放った。

「相手の女がどんな奴か分からなかったから正体を掴むの。二人の社会的地位を落としてやろうと思って」

興奮しているのか、ほんのり顔が赤いアカは、やたらと早口だった。

「そっか…。てゆうかそもそも木崎…さんの部屋ってどうやって入るの?流石にピッキングは…」

「じゃーん!」

アカが取り出したのは、鍵だった。

「どうしたのこれ?」

「付き合っているときにね、合鍵もらったんだけど、こそりスペア作っておいたの。もし何かあったときに対応できると思って。いやあ、まさかこんな形で役立つとはねえ」

ケラケラと笑うアカを見て、背筋がそっと冷たくなった。アカとは幼い頃からの腐れ縁だけど、この子は怒ると何をしでかすか分からない。女王様気質で自分のテリトリーを汚されるのが大嫌いな性格なのだ。

「でも…これって…本当に大丈夫?」

念のためおそるおそる声をかけると、キッと睨まれた。

「大丈夫よ。まあ、あんたがヘマをしない限りね。部屋の構造は頭に入っているし、女との写真や私物とかあったら、それを借りていくだけよ」

ビールをぐいっと飲むアカは年齢を重ねるごとに自我が強くなっているなあと感じる。そもそも私がこの計画に協力するのもおかしい話だけれど、無茶をしないかアカが心配でどうしても知らぬふりができなかったのだ。

子どもの頃から大人しかった私は、まわりから見るとアカの子分のように見えた。言い合いになるのが嫌だったので、いつもアカの言うことを聞いていると、自然とそんな雰囲気になってしまったのだ。

「移動している時や、万が一誰かに出くわしてしまったことを考えて、私たちあだ名で呼び合いましょう」

「分かった」

「私は明日香だから…じゃあアカで。うーん…私が赤だからあなたは青でいいよね?」

「なんか適当じゃない?」

「いいじゃん、兄弟ぽくて。じゃあ決まり!アカとアオね」

それが数週間前の出来事だった。

木崎のマンションが近くに連れて、アカはどんどん不機嫌になっていった。木崎とアカは数年間付き合っていたのに、ずっと隠れて浮気をされていたのだそう。それに気がつけなかったアカは自分をかなり悔やんでいた。数ヶ月前から怪しいと思い、木崎が寝ている間にスマホを覗いてしまい、浮気が発覚してしまったそうだ。

「ちょっと前から怪しいとは思っていたんだよね。全然泊まらせてくれないし、会う回数も減ってきているし。スマホ見たら、特定の女と頻繁に連絡をとっていたみたい。単刀直入に聞いたら、あいつあっさり認めたんだよ?信じられる?もう完全に私の方がキレちゃって。あとはケンカ別れだよ。本当許せない。相手の女のことも分からなかったし」

「そっか…」

「だから今日は、絶対に浮気相手の証拠を掴んでやるんだ」

木崎のマンションはかなり大きく、いい暮らしをしているようだ。特定の曜日は会食で遅かったので、今日が絶好の狙い目だと判断した。防犯カメラがあるので、マスクや帽子を被り顔が映らないようサッとエレベーターに乗り込んだ。

目的の階に着いてからのアカの行動は早かった。さも住民のように鍵を使って扉を開ける。キョロキョロとする素ぶりは一切せずに中に滑り込む。

「はあ〜第一関門突破!」

「もう緊張したよ…」

「よし、さっさと探して退散しよ」

部屋の電気はつけずに、スマホのライトを照らしながら歩く。アカは何度も訪れているので部屋の配置は完璧に頭に入っているのが心強い。

「あ〜どこかなあ…とりあえず寝室に行こっか。その後洗面所と…」

と、言った瞬間だった。玄関からガチャリという音が聞こえてきて心臓がぎゅっと掴まれた気分になった。木崎が帰ってきたのだ。

アカは目を大きく開き一瞬動揺した後に、私の腕を引っ張りながら素早く寝室のクローゼットに向かう。クローゼットを静かに開けると、なんとか2人分くらいが入れるスペースがあった。慌てて中に滑り込む。

遠くのほうから木崎の声が聞こえてきた。

「どうしよう…まさか帰ってくるなんて」囁くようにアカが言う。「このクローゼット前から隙間があるなとは思っていたけど、まさか入ることになるなんて…」アカの声に動揺が走っている。ここにいてはバレるのは時間の問題だった。早くどうにかしないといけない。

リビングの方からボソボソと木崎の声が聞こえてくる。と、ちょうど私のスマホが震え出した。

「ちょ、バカ!何でサイレントにしておかないのよ。バイブ音でバレるでしょ!」小声だけれど、威勢のいい声が飛んでくる。「ごめん」といいつつも、サイレントモードにしよう思うが、2人入ったクローゼットには余裕がない。しかもスボンのポケットにスマホを入れてしまい操作ができない。

「やばいよ!もうっ!」アカの声が降りかかる。「アオは昔からそうだよね。肝心なところでヘマをする。浮気の証拠も全然見つからなかったし」

「ごめん」と呟くように言うのが精一杯だった。一旦バイブは止まったけれど、しばらく経ってからまた震えだした。

「今回の計画が失敗したの、全部アオのせいだからね」狭い空間でかけられる言葉が全身に刺さる。

…そうか、全部私のせいか。アオは女王様だもんね。

すっと体温が低くなり、アカのことが憎く思えた。木崎が廊下にいるのだろうか。すぐ近くで声が聞こえてくる。…やっぱり、私、アカのこと許せないな。

「ん?…気のせいか……あ、もしもし優子ちゃ〜ん?今日会議がなくなったので、よかったこれから会いませんか?折り返し電話ください」

木崎の声がすぐそばで聞こえてきた…と思った瞬間、

「ユウコ?」

隣で呟くようにアカの声が聞こえた。聞き逃してくれたらいいな…なんて思ったけれど、やはりアカは細かい所によく気がつく。私のスマホは震え続ける。

「誰?ユウコって…。ねえ、その電話誰からなの?」

ささやきながら、でもしっかりと疑心暗鬼さが感じられる声に覚悟が決まる。

「ねえ、アオ…。優子さ、その電話、誰からなの?」

前言撤回だった。私はアカを心配して協力したのではない。自分の浮気証拠が見つからないように、愛しの英雄さんが困らないように、監視するためについてきたのだ。

これからどうアカに地獄を見せようか、バカにされ続けてきた頭で考える。

仕返しをする瞬間がやってきた。

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さやか

フリーライター。TV制作会社勤務→文章を書く仕事がしたくてライターになりました。noteでは短編小説・エッセイを書いています。短編小説はどんでん返しがメイン!小説・エッセイを仕事にするべく奮闘中です。Twitterは➡︎https://twitter.com/natvco

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