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(劇評)それは魔法と呼べるもの

札幌ハムプロジェクト★東京支部『僕にまほうをかけろ魔女』の劇評です。
2019年10月16日(水)19:00 スタジオ犀

※香川、新潟、金沢、北九州、松山、大阪、名古屋、神奈川、東京と全国で公演が行われていきます。微妙にネタバレを含みますので、情報を入れずに観劇されたい方はご注意ください。

 うまくいかないことばかり。誰も話を聞いてはくれないし、それどころか勝手な想像を押しつけてきたりする。心の中の「もやもや」は大きくなるばかりで、どう対処したらいいのかわからない。そんな状況をして「終わってる」と小林麻子(傍嶋史紀)、30歳は思う。彼女は半年前に離婚を経験し、今はネット関係のアルバイトをしている。そのアルバイトはネット上のコミュニティに寄せられる相談を、カテゴリにわけていくものだった。日々、多数寄せられる相談をさばいていく。その中に、気になる投稿があった。「五月の初め」という名前の相談者(青木菜摘)は、「私の中の悪魔」について相談したいようだ。なんのことかよくわからない、五月の初めによる投稿は続く。その後、コミュニティに寄せられた悩みを聴く、ネットカウンセラーの資格を取得した麻子は、五月の初めとネット上で出会うことになる。中学生であるらしい五月の初めと、30歳の麻子をつなげたキーワードは「魔女」だった。仲良くなっていく二人の様子に、麻子の上司(竹屋光浩)はクライアントに深入りするなと忠告する。
 
 舞台装置は黒い家具類を模していて、棚、カーテンが引かれた入り口、ドレッサーが作られている。棚には小道具が並んでいる。棚やドレッサーの一部にも小さなカーテンが付けられており、そこから俳優が顔を出すことができる。下手前方にはテーブルがあり、その上にノートパソコンが載っている。そこは麻子の仕事場である。麻子がネット上で出会うアバター達は、ドレッサーの窓から不思議なオブジェとして顔を見せる。

 ネットやLINEといった、コミュニケーションツールによって言葉が乱れ飛ぶ様子が、3人の俳優と、彼らが持って操るキャラクター的なオブジェによって、賑やかに表現されていた。それだけ言葉はたくさんあるのに、自分と他人は違う言葉を使っていて、会話は通じてはいない。麻子とその前夫とのすれちがいや、誰にも理解されずに一人で苦しんでいる五月の初めの姿に、賑やかさの中の孤独が見えた。
 麻子と五月の初めは、歳も離れているし、共感できるところも少ないように見える。でも、二人は「魔女」をきっかけに話題を膨らませ、魔女にまつわる事柄を相手に教え、コミュニケーションを深めていく。

 30歳なんて全然終わってないっていうかこれからでしょう! と筆者は思う。ただ、30歳の頃の筆者にも、麻子のような気持ちがあったかもしれない。麻子も同じように、中学生の頃の自分にあったかもしれない気持ちを、思い出していたのだろう。かつての自分を見るように、その頃の自分にかけてやりたい言葉を探す。自分がその立場だったらどうしようと考える。そうやって、自分と少し離れた位置にいる誰かとも、コミュニケーションは取れるのだ。
 打てば響く誰かがいる。その相手は何か「同じ」を持っている。届かないはずだった言葉が届く相手がいるのかもしれない、そんな希望が、自分を少し元気にする。暖かな感情を心にわき上がらせる、それは魔法と呼べるものだろう。
 そして魔法を使ったのは、麻子だけではない。その出来事がまた、札幌ハムプロジェクトが作り出す世界の優しさを伝えてくれたのだった。

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