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乳がん検診で「要精密検査」になった話

 9月に受けた乳がん検診に引っ掛かって、精密検査を受けてきました。結果は乳がんではなかったのでひとまずほっとしました。
 このnoteでは、わたしの身に起こったそれらの一連の出来事をまとめます。きっと「精密検査」の文字を見て、わたしのように愕然としてしまった自覚症状のない人や、もし病気になっていたら……と考えると怖くて健康診断が受けられないという人も多いと思います。そんな方々がご自身の状況と照らし合わせてくださったらうれしいです。


健康診断が受けたい

 2016年にアルバイトを辞めてから、ライターのお仕事が増えるようになりました。とてもうれしいと同時に、気になっていたのは健康面でした。
 何をするにも身体が資本のフリーランス。アルバイトをしていた頃は雇用先の計らいで年に1回健康診断を受けることができましたが、完全なるフリーランスは自分から動き出す必要があります。
 人間ドックは最低5万円は掛かるので、not売れっ子ライターには無理。じゃあせめて健康診断を受けようとかかりつけ医に尋ねたところ、「市の健康診断が始まるから、それからでもいいのではないか」と言っていただき、今年受けることになった次第です。

がん検診も受けよう

 がん検診はオプション扱いで、わたしの年齢で受けられる市のがん検診は、胃がん、肺がん、大腸がん、子宮頸がん、乳がんの5つでした。すべて受けることにしました。
 なかでも乳がんは女性の9人に1人と言われ、若年層でも珍しくない病気です。小林麻央さんやさくらももこさんを思い出しますし、矢方美紀さんなど若年層でも診断されることが多いです。Qaijffの森彩乃さんも、バンド活動を並行させながら治療しています。
 全然自覚症状はありませんが、父ががんで亡くなっている出産経験のない身としては、どうしたって乳がんを意識せざるを得ません。今は早期発見ならば助かる病気だと言われています。受ける以外の選択肢はありませんでした。

いざ乳がん検診へ

 集団検診に申し込んだので、まずは検診の流れと結果の通達の流れの説明がありました。結果が届くのは1ヶ月後。精密検査に該当する人はレントゲンを同封するので黄緑色の大きな封筒で、問題のない人は青い小さな封筒で届くとのことでした。
 乳がんという病気の解説の後は、個別で看護師さんからセルフチェックに関するアドバイスをもらい、実践するなどしました。日頃から自分の胸の感触とかたちはよく把握しておくといいそうです。

視触診

 立った状態と寝た状態で、満遍なく触ってもらいます。あんなに火起こしのように乳房を触られるのは初めてだったので少々驚きました。少し左胸のほうが念入りだったから心配になったけど、書類の「異常なし」の欄の丸を見て安堵しました。左胸は生理のときによく張るから、そういうのも影響しているのかな? とこの時は思いました。

マンモグラフィ

 「初めてですか?」と言われ頷くと、とても痛いとのこと。そんなことまったく知らなかったので「えっ、そうなんだ」とびびりながらでしたが、そこまで言うほど痛みは感じませんでした。生理が終わった直後だったのがラッキーでした。あとで調べてみるとマンモグラフィの痛みにはどうやら乳腺の量も関係しているそうです。
 でもこんなに乳を引っ張られたのは人生で初めてでした。これでもかというくらい伸びる乳を見ながら、「『ダウンタウンのごっつえぇ感じ』のコントに、乳が垂れたおばあちゃんが出てくるやつあったなあ……」とぼんやり思いました。

1ヶ月後に届いた黄緑色の大きな封筒

 10月25日くらいに「そろそろ乳がん検診の結果が届くかな」と思い始めました。青い封筒が届くだろうと思い込んでいました。
 11月1日の朝でした。母が「あなたに郵便物が届いてるよ。健康診断の結果じゃない?」と言いながらわたしを起こしました。眠たい目をこすりながら差し出されていた封筒を見ると、黄緑色の大きな封筒でした。それを見て一気に愕然としました。

「再検査じゃん。乳がんじゃん」

 起きたばかりで寝ぼけているわたしは、ただただひたすら絶望した。「いや、黄緑色で届いていても、もしかしたら問題ないのにレントゲン写真を送ってくれたのかもしれない」という自分に都合のいい解釈をしながら震える手で封筒を開ける。望みもむなしく、書類には「精密検査の必要があります」と書いてある。

「うそだろ。9人に1人に入ったの?」
「いやいやまさか。中学時代だってモアレ検査再検査になったけど問題なかったじゃん」
「でもないものが映るわけなくない? 確かに何かはあるくない?」
「視触診では問題ないんだぜ? あれだけたくさんの女の乳をこすり倒している先生が気付かないわけなくない?」
「つい5日前に行った神社のおみくじに、病気は心配ないって書いてあったのに、はずれじゃん」

 脳内はパニックになっていた。間違えて精密検査を受ける病院宛ての書類を開けてしまったようで、それを見てみると「良性、しかし悪性を否定できず」の欄に丸がある。
 市内で精密検査が受けられるのは4件。うち2件は診察券を持っている病院で、そのうちの1件はいま子宮筋腫で通っている婦人科がある病院だった。その病院に電話をすると電話受付は8時半からとのことで、秒針が12を過ぎてすぐに掛け直した。午前中に来てくれれば予約は必要ないとのことだった。
 この日は運よく終日原稿デーだった。すぐに身支度をして病院へ向かった。自分で原付で向かおうとしていたが、明らかに様子のおかしいわたしを母が引き止め、車で送ってくれた。

精密検査

外科で問診

 紹介状扱いになり外科へ通される。回された先は、乳腺に強い先生だった。
 「乳がん検診を受けたのは初めてですか?」「ご自分では自覚などはありますか?」と問われ、市で受けられるのが今年からだったので初めて受けたこと、自覚症状は一切ないと答える。
 レントゲンを見ると、先生は「ここのことを言っているんだと思う」と言い、左胸の写真にある小さな点を指さす。「左右差があるから念のために精密検査をしてみてねという意味ですね」とのことだ。
 この後超音波検査を受けて、その結果が夕方出るとのこと。直近の診療時間である、翌日の9:30に予約を入れてもらった。

超音波検査

 超音波検査はとても混んでいて、3時間待ちだった。女性の技師さんで、淡白にてきぱきと業務をこなしていく。ゼリーは生温かくて、胸の外側から渦巻きを描くように垂らされた。今後シナモンロールを見たら、この日のことを思い出してしまうかもしれない。
 じっくりとローラーで写真を撮影していく。点が写っていた左胸は、右胸よりも念入りだった気がする。15分ほどで終了。あたたかい濡れたタオルを2枚をもらい、設置された乾いたタオルと併せて自分でゼリーを拭き取った。乾拭きである程度ゼリーを取ってから、濡れ拭き→乾拭きにすればよかったと後悔した。

宙ぶらりんの25時間

泣いてばかりのわたし

 母に迎えに来てもらい帰宅した後は、とにかく気持ちをどこに持っていっていいのかわからなかった。自分ががんならば精一杯悲しめるけど、がんじゃないかもしれない。がんじゃないと信じたいけど、がんかもしれない。そんな宙ぶらりんの状態で、心はずっとざわざわとしていた。ずっと泣いていた。
 調べてみると、背が高い人間も乳がんリスクが高いらしい。卵胞ホルモンが悪さをしているとなると、子宮筋腫持ちのわたしは可能性も高い。どうしたって、もしがんだったらと考えてしまう。
 がんなら摘出しなきゃいけないのかな。自分の胸は結構気に入っているから、なくなっちゃうの嫌だな。でも胸を切り取ったら入る服が増えるかな? 抗がん剤治療をしたら、10代の時には嫌で嫌で仕方がなかった天然パーマも全部抜けちゃうのかな。手術するならいつから仕事できないのかな。あれだけ頑張って教習所通ったけど、本免試験諦めなきゃいけないかな。生命保険には入ってるけどがん保険には入ってないからお金どうしようかな。家を買うために必死で貯めたお金使わなきゃだめかな。そもそも助かるのかな。……。
 10分に1回、こんな思考に陥る。でもふと冷静になって「自覚症状もなくて視触診で異常なしなんだから、いくらがんだったとしてもステージ0かステージ1だよ。それなら大丈夫だよ」と気を取り直す。でもすぐ凹むの繰り返し。原稿書きはなかなか進まない。

気丈に振る舞う母

 泣いてばかりで弱気になっているわたしを、母は「大丈夫、大丈夫」「乳がんじゃないよ」「弱気になってたら病気に取り込まれちゃうよ」と気丈に励ます。ありがたいと同時に「根拠のない“大丈夫”だけどね」なんて心の中で悪態をついたとき、ふと思った。今は母は 「娘に乳がんの疑いがかかっている状態」なのだ。そんなの母親としてつらすぎない?
 その途端、本当に申し訳ない気持ちになった。どんな思いでわたしを病院まで送り迎えしたんだろう。どんな気持ちでいま気丈に振る舞っているんだろう。わたしが泣けば泣くほど母が悲しくなるのに、涙が止まらないわたしが本当に不甲斐なくて、嫌だった。

情緒不安定な弟と飼い犬

 弟もダメージがあったらしく、お店の仕入れに行かなければならないのに身体が動かなかったらしい。飼い犬もずっと泣いているわたしに動揺していたのか、しきりに甘えたり、夜は嘔吐をした。

検査結果

 翌日の朝、検査結果を聞きに行った。今度は自分の運転で行った。待合室で待っている間は、25時間中最もふわふわとしていたと思う。「ナンバーワンにもなれない、バズったりもしない、何も特別なことが起こらない人生だ。そんなわたしが9人に1人に選ばれるわけがないんだ」という、めちゃくちゃな理論で自分を励ましていた。
 先生に呼ばれ診察室に入ると、写真に写っていた点は1cmくらいの水の袋(のう胞というもの?)とのことだった。緊急性はないけれど、念のために半年後また超音波検査を受けたほうがいいとのことで、来年の5月に予約を取った。そこで水の袋のサイズが変わっていなければ、1年に1回の検査でいいそうだ。
 会計にファイルを持って行き、ベンチに座ってまず母と弟にメッセージを送った。母からすぐに「あー良かったね」と返事が来た。帰宅して出迎えてくれた母に、まず謝った。
「本当にお騒がせしてごめんなさい。娘が乳がんかもしれないなんて、母親からしたらすごく嫌だったよね」
「心配で心配で仕方なかったよ。自分が乳がんになるほうが何十倍もマシだよ」
 このとき初めて、母は自分の気持ちを話した。つらくて仕方がなかったのに、わたしを励ますために自分の弱気を我慢して、一切表に出さなかったのだ。戦後すぐに生まれた人たちに根付いている我慢の力の強さを感じた。
 でも次の日、とても身体がしんどそうで「思いのほか(娘の乳がん疑惑は)ダメージがあったんだと思う」と笑っていた。そこまで心身を疲弊させてしまったのだなと、あらためて申し訳なく思った。

気持ちを落ち着かせるのが大変

 本当に検査結果が出るまでは取り付く島もない状態で、でもどうしたって最悪のケースを考えてしまう。何も仕事に手がつかない。生きた心地がしなかった。

結果がわからず不安に襲われている人に声を掛けるなら

 そんなときに励みになったのは「何もありませんように」という願いだった。その言葉をもらうたびに、自分が守られているような感覚になった。
 母も心底心配していたと思う。でも一度も「心配だ」と言わなかった。自分の気持ちではなく、わたしの気持ちを優先していたからだと思う。
 実際に病気の人には「心配しているよ」という言葉も効力があるのだろう。だが結果がわからなくて不安を抱いている人には、ただただ「良い方向に転がりますように」という願いを飛ばすことが大事なのだと身に染みて感じた。

Twitter(現X)で「乳がん検診 精密検査」で検索するのは有効

 上記のワードで検索をすると、思いのほか「乳がんではなかった」という人の投稿がたくさん出てきます。これもかなり気持ちを落ち着かせる作用がありました。
 それ以外にも精密検査により自覚症状がない人が乳がんを見つけたという体験記も出て来て、もし乳がんに罹っていたとしても立て直せるんだという励みにもなりました。
 些細なことでもダメージをくらっちゃうメンタルなので、変にネットサーフィンして深追いしないほうがいいし、「女性ホルモンが原因だから子宮筋腫もあるとなると心配だよね……」のような不安を煽る言葉には耳を貸さなくていいです。とにかく心を穏やかにする方法を第一に取ってください。

それでも検診は受けよう

 「乳がん検診を受けなければこんな騒動で心がざわついたりしないで済んだのでは」とも思うけれど、それでもやっぱり検診は受けたほうがいい。早期発見は完治や寛解につながるし、日頃の生活習慣を見直すいい機会になります。
 今回の件で、自分が健やかな心身でいることは、まわりまわって周りの人に安心を与えていることに気付かされました。あらためて生活習慣を見直さなくてはいけないな……。
 関係各位、大変お騒がせしてしまい申し訳ございませんでした。引き続き健康に気をつけてまいります。

最後までお読みいただきありがとうございます。