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親孝行旅行

仏壇の中には、線香のにおいを纏った祖母の「身体障害者手帳」が入っている。祖母が亡くなったのは私が生まれるずっと前で、47という若さだった。「筋萎縮性側索硬化症による四肢の機能全廃」手帳にはそう書かれていた。

私の母は中卒で働き、祖母の介護をしながら妹を専門学校まで卒業させた。「必死に看病してるのに死にたい死にたいって言われて、病室でそんなに死にたきゃ死ねって首絞めたことがある。看護婦さんに怒られたけど」母は今までどんな介護生活だったのかを詳しく話したことは無く、首を絞めた話を数回くりかえしただけだった。

いつからだろう。母の明るい笑顔を見なくなったのは。古いアルバムを開くと、そこには若い母の笑顔がたくさん写っていた。友達と旅行ではしゃぐ姿、流行りの服を着て、ハイヒールを履いて、スタイリッシュに決める姿。いつからだろう。母がこんなに、疲れ果てたおばさんになったのは。

「こういうことをしてくれなかった」「こういうことをされた」、母に対して、「言ってやりたい事」は数えきれないほどある。だけどそれ以上に、「もっと色んな景色を見せてやりたい」という気持ちが勝る。だけど私の「言ってやりたい」という気持ちは、どこに流せばいいんだろうな。

大人になるほど、親の人生を想像しやすくなって感情移入しやすくなって、いろんなことをお利口に理解できるようになって、でも親への黒い感情や記憶が消えることもなくって、フクザツが膨らむ。

旅へ出たからと、日常が終わるわけでは無いし、過去や感情がリセットされるわけでもない。ただほんのちょっと日常が途切れるだけだ。その途切れた隙間に、旅先の風が入り込んでくる。

いつかその風が、もしかしたら、もしかしたらだけど、「言ってやりたい」を減らしてくれるような気がして、私は母を旅行に連れていく。

親孝行になったのかどうか、私の気持ちが晴れたのかどうか、やっぱり言ってやれば良かったのかどうか、たぶんそれは母が死んだあとじゃないと分からないだろうな。

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サヤ

ホステス、英会話講師を経てライターになりました。しっちゃかめっちゃかな出来事や思考を「エッセイ」に、セックスについてを「エロティシズム」に、毎日投稿しています。ご連絡はTwitterDMからおねがいします!

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