226.ガーシガシガシガシ!
今年の夏の終わりに、両側から茂った木立ちがトンネルのようになった道を、自転車で走り抜けた。生命の最期の時を歌い上げる蝉の声が、木の葉からしたたり落ちるように、ぼくの全身に大量に降り注ぐ。
するとぼくの記憶は一気に少年の頃に戻る。故郷の父がこの蝉の声のことを「ガーシガシガシガシ」と表現していたのを思い出すのだ。
なに言ってるんだ。蝉の鳴き声というのは普通はミーンミンかジージー、それにツクツクホーシじゃないか、あとはカナカナとか、と少年のぼくは思った。どんな小説やマンガ、テレビ・ラジオの番組でも、ガーシガシなんて表現は聞いたことがない、と。
しかし長じた今、確かに「ガーシガシガシ」と聞こえることがある。先日の木立ちのトンネルもそうだった。これはどういうことだろう?
ミンミンとかツクツクホーシというのは、あくまで他人が作ったお仕着せの表現。それこそが普通であると思い込むのは、結局あの頃のぼくは自分の耳ではなにも聞いていないし、目ではなにも見ていない、つまりなにも感じていなかったということになるんだろう……。
とまぁ、たまにこんなテイストの小説やドラマを書くと、たいていぼくはこう言われるのだ。
「いいじゃないですか。藤井さん、もっとこういう普通の小説やドラマを書けばいいのに」
おいおい、普通のドラマってなに? そんなの誰が普通って決めたんだよ! と思ってしまうのですがね。
【モンダイ外点】
◎さて、このコラムは今回で終了です。長い間のご愛読ありがとうございました。
(2002/9/25)
お読みいただき、ありがとうございます。本にまとまらないアレコレを書いています。サポートしていただければ励みになるし、たぶん調子に乗って色々書くと思います! よろしくお願いします。