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ドナウ 小さな水の旅

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セルビア、ベオグラード在住の詩人・翻訳家、山崎佳代子さんの新連載がはじまります。歴史や詩、山崎さんの出会う人々とともに、ドナウの支流をたどる小さな旅。およそ12回、各地の写真を添… もっと読む
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記事一覧

#12 東セルビアを訪ねて【後編】

#12 東セルビアを訪ねて【後編】

 夏の光が眩しい。東セルビアのクラドボ市、朝の石畳にパンが香る。シーマは小さな店でチーズパイとヨーグルトを求め、私たちに配る。さあ、出発。まるで修学旅行ね、とスターナ。真っ青なドナウ河に沿って走ると、煉瓦の壁の4階建ての集合住宅が現れ、じきに集落が消える。車をとめて緩やかな坂道を水際まで辿る。対岸はルーマニアのドロベタ=トルノ=セベリン、赤煉瓦とコンクリート、社会主義時代の団地群が見える。ドナウ河

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#11 東セルビアを訪ねて【前編】

#11 東セルビアを訪ねて【前編】

 ティモック川は全長203キロメートル、セルビアではドナウ河の右岸の最後の支流だ。カルパチア・バルカン山系の山々を源流とする無数の流れを集め、籠を編むように水系を成す。スブルリシキ・ティモック川とトルゴビシキ・ティモック川がクニャジェバッツで合流して、ベーリ・ティモック川となり、ザエチャルのあたりでツルニ・ティモック川と合わさってティモック川が生まれ、ドナウ河へ注ぎこむ。最後の15キロメートルの対

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#10 ニーシュ、歴史の地層を訪ねて【後編】

#10 ニーシュ、歴史の地層を訪ねて【後編】

セルビア、ベオグラード在住の詩人・翻訳家、山崎佳代子さんの連載。歴史や詩、そして山崎さんの出会う人々とともに、ドナウの支流をたどる小さな旅。今回の舞台は2つの世界大戦で傷をおった土地ニーシュめぐるエッセイの後篇です。

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小さな空、弱い光

 ニシャバ川は、ニーシュの中央を流れていく。川の北にチェガルの丘が町を見下ろし、町は南へ広がる。

ニシャバ川

 ニーシュについて書きたいと、詩人

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#09 ニーシュ、歴史の地層を訪ねて【前編】

#09 ニーシュ、歴史の地層を訪ねて【前編】

セルビア、ベオグラード在住の詩人・翻訳家、山崎佳代子さんの連載。歴史や詩、そして山崎さんの出会う人々とともに、ドナウの支流をたどる小さな旅。今回の舞台は2つの世界大戦で傷をおった土地ニーシュです。

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 ニーシュはセルビアの南の町、人口は26万人。ローマ帝国のコンスタンティヌス大帝の生地で、古代はナイススと呼ばれ、2世紀にプトレマイオスが著わした地図『ゲオグラフィア』にも登場する。町を流れ

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#08 水のはじまり

#08 水のはじまり

セルビア、ベオグラード在住の詩人・翻訳家、山崎佳代子さんの連載。歴史や詩、そして山崎さんの出会う人々とともに、ドナウの支流をたどる小さな旅。今回の舞台はターラ山のミトロバッツ村です。

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 ターラ山のミトロバッツ村で、夏の初めを過ごす。柔らかな若葉が萌え、濃淡の緑が森にまだら模様を描き、空気が香しい。
 今年の六月二〇日は、正教会の五旬節(ペンテコステ)。ハリストス(キリスト)が復活後、

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#07 眠る人々  ヴァリェヴォからラスティシテ村へ

#07 眠る人々  ヴァリェヴォからラスティシテ村へ

セルビア、ベオグラード在住の詩人・翻訳家、山崎佳代子さんの連載。歴史や詩、そして山崎さんの出会う人々とともに、ドナウの支流をたどる小さな旅。今回の舞台は水の出会う町ヴァリェヴォからはじまります。

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 6月の初め、ターラ山へ旅に出る。コロナ禍の感染者の数が減少し、規制が緩和され、移動が楽になった。まずヴァリェヴォを訪ねた。ベオグラードから92キロ、車で約一時間半かかる。町に入ると、白い壁の

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#06 はるかな薔薇色の国へ

#06 はるかな薔薇色の国へ

セルビア、ベオグラード在住の詩人・翻訳家、山崎佳代子さんの連載。歴史や詩、そして山崎さんの出会う人々とともに、ドナウの支流をたどる小さな旅。今回の舞台は山崎さんの住むサバ川の岸辺のノビベオグラード区の第45団地です。山崎さんの胸に大切な言葉を刻んだお隣さんのはなしです。

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 コロナ禍が地球を包む。昨春から旅もせず、ノビベオグラード区の第45団地、サバ川の岸辺の我が家で時を過ごしている。朝

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#05 水の妖精、海へむかう死者たち レペンスキー・ヴィル、石器時代の旅

#05 水の妖精、海へむかう死者たち レペンスキー・ヴィル、石器時代の旅

セルビア、ベオグラード在住の詩人・翻訳家、山崎佳代子さんの連載。歴史や詩、そして山崎さんの出会う人々とともに、ドナウの支流をたどる小さな旅。今回は石器時代の遺跡レペンスキー・ヴィルを訪ね、石の彫像「水の妖精」に会いに行きます。       

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 秋が深まり、9月21日の生神女誕生祭も過ぎた。だが、今日の陽光は激しい。涼を求めて、ベオグラードの旧市街からブランコ橋を渡り、ゼムンに出た。ドナ

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#04 茜色の大聖堂、ジチャ修道院を訪ねて

#04 茜色の大聖堂、ジチャ修道院を訪ねて

セルビア在住の詩人、山崎佳代子さん連載『ドナウ 小さな水の旅』。歴史の荒波の中で17回破壊され、そのたび復興した平地の大聖堂、ジチャ修道院へ向かいます。

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「午后四時、晩祷。午后五時、小食堂にて、一人の夕食。人参サラダ、ビーツサラダ、野菜スープ、パン。まろやかな味。その後、夕暮れの果樹園にむかう。帰り路は闇に沈み、果樹が影を大地に伸ばす。あぜ道をライカとミルカが駆けていく。午后七時時半、

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#03 船の旅、『ドリナの橋』を訪ねて ヴィシェグラード

#03 船の旅、『ドリナの橋』を訪ねて ヴィシェグラード

セルビア在住の詩人、山崎佳代子さん連載『ドナウ 小さな水の旅』更新しました。今回は、ノーベル賞作家イヴォ・アンドリッチの小説『ドリナの橋』の町であるヴィシェグラードへ船に乗って向かいます。陽気なガイド役のゾラン氏、水の流れとともにセルビアの自然と歴史をたどる旅。

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「橋は、アンドリッチ文学の核を成す。世界の無秩序、死、無意味を克服し、希望の「彼岸」へ橋を架け

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#02ドナウにそそぐ川たち 小さな旅

#02ドナウにそそぐ川たち 小さな旅

セルビア在住の詩人、山崎佳代子さん連載『ドナウ 小さな水の旅』更新しました。今回は、第二次大戦時に虐殺の舞台ともなったノビサドに向かいます。シナゴーグ近くのカフェで、友人とシュタルクさんとのひと時。

ノビサド、寒い日々

 ノビサドは、ドナウ河の水源より一二五二キロメートルから一二六二キロメートルの地点に位置し、人口は三八万人ほど。ボイボディナ自治州の州都で、セルビアでは第二の都市である。ベオグ

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#01 移動の詩人ベンツロビッチ、ラーチャ川からドナウへ

#01 移動の詩人ベンツロビッチ、ラーチャ川からドナウへ

セルビア、ベオグラード在住の詩人・翻訳家、山崎佳代子さんの新連載。歴史や詩、そして山崎さんの出会う人々とともに、ドナウの支流をたどる小さな旅。各地の写真を添えて、お送りします。              セルビア、ベオグラード在住の詩人・翻訳家、山崎佳代子さんのエッセイ。ドナウへ流れる「水」をたどって、信仰につづく道へ。        

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「やがて薄闇に、青く視界が開け、遥か下にドリナ川

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#00 はじめに 物語は流れはじめる

#00 はじめに 物語は流れはじめる

セルビア、ベオグラード在住の詩人・翻訳家、山崎佳代子さんの新連載。歴史や詩、そして山崎さんの出会う人々とともに、ドナウの支流をたどる小さな旅。各地の写真を添えて、お送りします。
ヨーロッパを代表するドナウ川を巡る「水」にのって、とおくセルビアへ。

「それぞれの土地が、セルビアに生きる人々の記憶をドナウに繋がる水面に、映しはじめる。」

ドナウにそそぐ水たち  セルビアの小さな旅

 水のある情景

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