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北大路翼著『生き抜くための俳句塾』

はじめにーー本当の詩は世の中が捨てた中にある

 お前ら暗い顔してるなあ。悩みがあるなら言ってみろ。
 競艇でまた負けたあ? 借金して勝負しろ。
 酔って携帯を無くした? どうせ飲み屋に忘れただけだよ。
 好きな女が梅毒だった? ってこれは俺の話だ。後悔なんかするもんか。
 そんだけか。つまらないことで悩むな。俺にはむしろ自慢話に聞こえたぜ。
 呑む打つ買うの三道楽はもちろん、人生は失敗するから面白い。何もない人生なんか、死んでるのと一緒だよ。
 負けを認めろ。失敗を嘆くな。いいことなんて一〇回に一回あればいい方だ。人生楽ありゃ苦もあるさ♪なんて暢気な徘徊老人が歌ってるが、あんなのは嘘だ。人生はほとんど苦だ。嘘だと思うなら今日一日のことを思い返してみろ。つまらない苦しい時間ばっかりのはずだ。朝起きるのも嫌だっただろ。もう少し寝たいと思っただろ。通勤は駅まで歩くのも疲れるだろ、歩きスマホの奴がぶつかってきたらむかつくだろ。満員電車も最悪だ。《もし豚をかくの如くに詰め込みて電車走らば非難起こるべし》と詠んだのは奥村晃作だったか。これは短歌だけど、歌人だって怒っている。会社のことはあえて書くまい。仕事が楽しいなんて奴は、もう心が壊れているか安定剤の飲み過ぎだよ。昼飯だって、都内だといい加減なラーメンに一〇〇〇円近くとられる。威勢の良さを、声の大きさだと勘違いした不良あがりのラーメン屋。うるせえなあ、ラーメンぐらい黙って作れ。夜になっても、飲みに行く金なんて残ってない。くたくたになって家に帰り、楽しみは携帯で見る無料アダルトサイトだけ。あー嫌だ、嫌だ。お前らこんなんでよく生きてられるなあ。
 でもよく考えろ。苦しいのは本当にお前が悪いのか?
 お前は真面目に生きているじゃないか。サボらずに耐えているじゃないか。
 はっきり教えてやろう。悪いのは世の中だ。お前じゃない。
 だいたいなんだ今の世の中は。うまくいっているように見えるのは小ずるい奴ばっかりじゃないか。いつから日本人はこんなに卑しくなったんだよ。便利さがいけねえ。楽を覚えたら人間は何もしなくなっちゃうよ。緊張感がないから、アタマもにぶくなるんじゃねえのか。テレビのワイドショーなんて馬鹿の代表だな。誰が不倫しようと、離婚しようと俺の知ったこっちゃねえ。何が正義だ、何が道徳だ。加害者だって加害者なりの理屈があるんだろうよ。他人がごちゃごちゃ抜かすんじゃねえ。したり顔のコメンテーターのやっていることこそ真っ先に非難されるべきだ。ほら、早く逃げろ。この本が売れたらアイツらなんて一族ごとぶッ潰してやる。
 だから苦労しているお前は偉い。ずるして腐った世の中に順応するよりよっぽど人間らしい。
 かといってこのまま手をこまねいているのも馬鹿らしいよな。少しでも世の中に反抗し、人間らしさを共有しようじゃないか。
 そこで俺が薦めるのが俳句だ。
「えー何?俳句?俳句って年寄りの趣味でしょ。難しくてわかんなーい」

 馬鹿野郎!!


 俳句は俺が知る限り一番ヤバイ「遊び」だ。年寄りなんかに制御できるか。
 俺の俳句はお前らが思っている俳句とは全然違う。
 季語、なんだそりゃ。ビールなんか一年中飲めるわい。大事なのは「今」だ。
 五七五? めんどくせえ。短ければ何でもいいよ。
 だいたい人間だって自然の一部だ。人間を詠むことと自然を詠むことと何が違うか言ってみやがれ。
 俺の俳句は「今の自分を簡潔に表現する」に尽きる。まあ、今がいつなのか、自分とは何なのか、どうやったら簡潔にできるのか、いろいろと難しいこともあるが、それをこれから説明していこうって話だ。やっと俳句塾らしくなってきただろ。
 俳句は、人間の愚かさを確認する装置である。後がない渾身の開き直りだ。すべてを引き受けた上で不幸をも笑い飛ばす。カッコいいだろ。その意味で俳句はもっとも過激で、もっとも実践的な文学だ。
 殺してやりたい奴もあちこちにいるだろうが、殺しよりもまずは俳句を詠め。研いでいけば刃物より俳句の方がよく斬れる。俺がお前の言葉の研ぎ師になってやる。攻め方さえ覚えれば、守るのは簡単だ。今度は同じやり方で自分の真心を守ってやればいい。
 負の感情の方がエネルギーは大きい。感動は心の振り幅だと思えば、絶対値で考るべきであろう。怒りや悩みは俳句の絶好の素材だ。
 捨てるなよ、汚ねえ感情を。
 本当の詩は、世の中が捨てた中にある。

北大路翼(きたおおじ・つばさ)
1978年5月14日、神奈川県横浜市生まれ。小学五年頃種田山頭火を知り、自由律俳句をマネたモノを作り始める。反抗期に俳句がぴったりと同調。高校在学時、今井聖に出会い俳句誌「街」創刊と同時に入会。童貞喪失を経て詩誌「ERECTION」に参加。2011年、作家・石丸元章と出会い、屍派を結成。2012年、芸術公民館を現代美術家・会田誠から引き継ぎ、「砂の城」と改称。句集に『天使の涎』(第7回田中裕明賞受賞)『時の瘡蓋』、編著に『新宿歌舞伎町俳句一家「屍派」アウトロー俳句』など。ここ数年体調不良が続く。


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