『芥川賞をハックせよ』|第1話

トレンド

#芥川賞をハックせよ
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 140文字の字数以内の文章を投稿するプラットフォームのSNSの「Z」に投下されたポストは瞬く間に、インターネットのシナプスを発火にともなって、拡散された。相乗効果の振幅が、その数をさらに伸ばすことになった。
 リポストに連動して、人々は一斉に書き込んだ。総勢7000人が一斉に、この投稿をする。「#芥川賞をハックせよ」。
 インターネットの悪ふざけはいつだってそうだ。誰かが「バルス!」を呼びかければ、それは祭になる。コイルも五条勝もそう。誰かの悪巧みに、その他の大勢が乗っかって伝播する。
 液晶画面を見つめながら不敵な笑みを浮かべている男は、山本新治という。男は、祭に加わりたいという大衆の心理を知り尽くしていた。数年前までロクに働きもせず、食っちゃ寝を繰り返す、浪費と散財を繰り返す放蕩の限りを尽くす悪童中年だった。男は、nota(ノータ)という名前のプラットフォームで、フォロワーの集め方だのマーケティングに関する知識だのをひけらかして金を荒稼ぎするインフルエンサーになったこと思えば、自身の8万人いるフォロワーに対して、そのように呼びかけた。山本は妙に言い回しに小気味の良さがあり、この手の煽動が得意だった。悪ふざけを呼びかけて、イカれた祭を作り上げる、その才能、一点特化の不届き者だった。
 新風社出版から8月30日に出版されるその本の発売に合わせて、フォロワーに対して事前に呼びかけていた暗号が、「#芥川賞をハックせよ」だったのだ。山本の文章力は、三島由紀夫や太宰治が100だとしたら、20くらいを自覚していた。自分には文章の才能がないことを誰よりも自覚していた。そんな経緯から13歳になる頃にはすっかり作家を諦めていたのだが、ある時軽い気持ちで始めた投稿が思いのほか読まれている事実を知り、それからしばらく投稿を続けているとあれよあれよのうちに、ウォッチは伸びて、PVを稼ぐようになった。それに気をよくして、山本はインターネットで話題の作品を好む出版社である新風社と手を組んで、担当する編集者の矢田部と打ち合わせをした後に、こうした案が浮かび、それは実践された。
 山本と矢田部の打ち合わせでは、5000リポストを目標にしていたが、その目標は大きく凌ぎ7000リポストを記録した。更新すれども更新すれども新しい通知がくるSNSの「Z」のホーム画面。「トレンド入り」も果たせたので、概ねの目論見は達成したと言えるだろう。
 翌日10時。池袋駅北口から歩いて5分ほどのジュンカ堂本店には、「#芥川賞をハックせよ」在庫あり。
 西野亮廣、DJ社長。この2人にはある共通点がある。それは売れ方という観点においての実に現代的な手法を用いてるという点だ。インフルエンサーマーケティングという長ったらしい横文字がついているが、要するに、お調子者が絵本だったり映画だったり、音楽だったりを名乗って、はったりかまして、それっぽく仕上げているだけなのだ。たまらなく偽物だ。しかし、それは偽物でありながら、熱狂を生み出している事実がある。では、それは本物なのかと問われればそれも違う。いや、しかし、どうだろう。

 「文学の世界はまだハックされていないよね」
 「そうかもしれない」
 「芥川賞をハックせよ」
 「#つけて、Zで拡散させよう」
 「いいね、それ」
 「#芥川賞をハックせよ」
 「審査員たちはどんな顔するかな」
 「おじいちゃんだからなー、あとおばあちゃん」
 「ほんとほんと。時代を理解しない老害たちに一泡吹かせてやろうぜ」

 これは、現代の不届き者が芥川賞をハックするための戦略を記した物語である。話は今から5年前に遡る。


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