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【シュール・ハウス】


【幸せの部屋】


これは、「部屋」に関してここ何年間かで聞いた、少しシュールでミステリアスなお話を物語風に書き下ろしたものです。人物や場所には多少手を加えつつ、本質的アイデアはあまり変えない様に意識しております。


人の幸せは、人「それぞれ」と言うけれど、それはどういう意味だろう。と、ふと立ち止まる。

「それぞれ」だから定義できないと、議論から逃れて、曖昧化する為の処世術にはして欲しくない。

「それぞれ」つまりは、「個々にある」と言う事で、何処にあるか?それは個々の心の中にあるという事。言い換えれば、あなたの脳が勝手に感じた事。まさにその事が、「幸せ」であり、「不幸せ」でもある。それ以上でも以下でも無い。

「それぞれ」は常に、人々の日常の、それぞれ感じ方の中に存在していて、生き生きとして生きている。
あなたは、あなたの価値観だけで幸せを享受して、あなたの心の作る「幸せの部屋」で生きていく事が出来るのかも知れない。




【違和の部屋】

都内のとある閑静な街に佇むマンション。3階建てのそれは、戸数10部屋ほどのこじんまりしたものだった。

駅から10分と、近くも遠くもない距離感のせいか、この地域の割に家賃も安く、商店街を通って来ると退屈もせずに辿り着くので、特に悩まずに入居を決めた。

上下左右のお宅にだけは挨拶に行こうと、地元の銘菓の烏サブレを、海の近い実家に帰ったついでに買ってきたものの、毎晩、仕事から帰宅するのが夜12時近い日が続いていたので、それは行けずじまいのままだった。

大家さん用に買った大箱のサブレだけは、ちゃんと渡す事が出来た。たまたま大家さんのおばあちゃんの方から、私が偶然在宅中の時に、様子を見に来たと言って、チャイムを鳴らしてくれたので、挨拶出来たのだ。

その日は、もしかしたら、まだ家にいるのではないかと思って来てくれたと言う。



烏サブレの賞味期限は、長いとは言えど1カ月ほどだったので、早く他の隣人にも渡しておきたかった。

お店で買った時のままに、整然と紙袋の中に並べられた4つのサブレの賞味期限もとっくに切れてしまった頃、入居時からたまに、ふとした時に、感じていて小さな違和感が、生乾きのシャツを着てしまった時の不快感の様に背中に張り付き、広がった。

やがて、それは確信的な「違和」に変わった。

帰宅時のカーテンの弛みや、掛け布団のシワ。

出がけに、そんなものひとつひとつを把握している訳ではないけれど、たまに、家に帰ると変な人の気配を感じることがあった。

旅館に泊まった時、部屋の留守中に、中居さんが部屋の片付けに部屋に入る。私物には極力触らないのは、暗黙の了解だが、そこに微かに残る侵入の気配。あの感覚がそこにあった。

その違和感が、確実な「違和」に変わる瞬間。
確実な侵入を見てとる瞬間。

烏サブレが袋ごと無くなっている。

そんな筈はない、朝には確実にそこにあった筈だ。
背筋からザワザワと生乾きの鳥肌が全身を包む。

勘違いではない。確かに賞味期限は切れていたが、無意識で捨ててしまう筈はない。

しかし、部屋は荒らされた様子はない。烏サブレの袋が無くなった事以外は、朝のように「整然と」整っている。

整然と、、、、

誰かに整えられた、布団や、綺麗に開けられたカーテンや。。。


部屋に入る時、鍵は閉まったままだったはず。

「誰かが、ここに入って来ている?」

妙に整えられた布団に残るのは人型のシワに見える。

はっと、気づいた瞬間、、鳥肌は悪寒に変わる。

在宅中だったあの日、本当に偶然私がいるタイミングに来たのだろうか?もしかしたら、他の時にも来ていた?あの時、私がたまたま居ただけで、、

私が居ない時間を確認しに来ていたのか、、


この部屋は、随分前から覗かれている。気づかぬ私へのメッセージとして、期限切れの烏サブレは消えたのか。それは、次の日の朝、ゴミ捨て場に置かれていた。それを見る前に、その場から1人の老婆が立ち去るのを見た気がした。



間も無くして、私はそのマンションの退居手続きを済ませて、別の街に引っ越した。その時、仲介不動産屋さんが申し訳なさそうに、そのマンションには、あの時私以外の居住者はだれも居なかったと言う事を白状した。


それはもう、長い事。




【怖い部屋】

この街に2人で移り住んだのは、3ヶ月ほど前だ。

木造だか小綺麗にな2階建てのアパートの2階部分で、オートロックなどはないが、通りに面していたし、2階だし、2人で住むなら良いだろうと、比較的周辺でも安めの家賃の物件に決めた。

近所にスーパーもあるし、駅までも10分と少しはかかるが、途中から商店街の中を通るため、退屈もなく、不便も感じなかった。

「住まい」と言うものは、数々のステータスだけで、その良し悪しが決められるわけでは無い。「帰りたいと思える住まい」、「過ごしたいと思える場所」が「良い住まい」と言う事ができる。

この住まいを起点とした、通勤や週末の街での過ごし方にも慣れて来て、引っ越してき不安感が安堵と慣れに変わりつつある、そんな時に、そのバランスを簡単に崩す出来事が起きた。

給湯器が壊れたのだ。

季節は11月に入った頃。これから更に、突然に寒くなる季節。寒暖差が時に激しく自律神経を揺さぶる季節。

半導体が慢性的に不足しているだとか言う事で、給湯器がここのところ長期的に欠品しているとの事。大家さんはすぐに直してあげたいが、早くても年明けになりそうだと。

洗面台のお湯が出ない事は、何とか我慢出来たとしても、お風呂に入れない生活はありえない。街に2つのお風呂屋さんがあるが、駅の方で家からは少し離れていた。

大家さんは(おそらく善意と親切心でと信じたいが)、1階の空き部屋のお風呂を使っていいと、鍵を渡してくれた。

崩れかけたバランスが、その均衡を取り戻そうと動いた様で、音を立てて完全に壊れてゆく瞬間。


その1階の部屋。

これは本当に「空き部屋」なのだろうか?

何かがいる。と扉を開けた瞬間に思うほど、異様な雰囲気を持つその空気。汚れているのでは無く、何処かでこれ以上を諦めた様な苦悩に満ちた壁や床。

人の営みをしっかり染みつけたまま、部屋は死んでいる様に見える。

ここは本当に貸すことを前提にしているのだろうかと、疑うと言うより、どう改善したら貸し部屋として成立するのか疑問に思うほどに染みついた「嫌悪感」があった。

彼は、「なんか凄い部屋。」と言ったものの、あまり気に留めていない様にシャワーを使い始めた。

私が使う時は、脱衣所で彼に待っていてもらう約束をして渋々シャワーを浴びたが、目を閉じてシャンプーを流す事に恐怖を覚えた。

その部屋の窓は古いすりガラスになっていて、その先には塀の影が見える。その塀とすりガラスの間から誰かがいつもこちらを覗いているような気配を感じる。

風で植木の葉が揺れているのだろうけれど、その度に何かが動いている気配を感じた。

出来るだけ仕事の帰りに、お風呂屋さんに寄るようにしていたが、それでも疲れて遅く帰る時は、やむ無く彼に付き添ってもらって、その「怖い部屋」に入った。

年明けを待たずに、彼が体調を崩ししばらく実家で療養する事になった事で、私達はそのアパートを早々に引き払い、私も田舎の実家に帰る事にした。

安心する実家の部屋に感謝をしたが、たまに今もあの部屋の事を思い出す。





【綺麗な部屋】


「彼女にするなら掃除が得意な人が良いなぁ。」

言う場所を間違えたら、フェミニスト達に総攻撃を受けそうなステレオタイプで軽率な妄想。

得意とはどのぐらいを得意とするのだろうか?
休みの日に必ず掃除をしてくれる人の事?

それとも、毎日、その人の仕事の時間と寝る時間以外の四六時中全ての時間を掃除に費やしている人?

その部屋はとても綺麗だったと言う。
はじめのうちは、掃除好きでしっかりした人なんだなと。部屋には無駄なものはひとつもなく、テレビ台も、トイレの床の隅にも、ホコリも1本の髪の毛も落ちていない。


ゴミ箱の中もいつ行っても空っぽだ。

まるで毎日リセットボタンが押されているかの様な綺麗な部屋。

一度ふざけて、「仕事と寝ている時以外は、ずっと床を雑巾掛けしているんじゃないか。」と聞いてみた。

ふと流れる沈黙。。

そんな事はない、特別綺麗じゃないし、普通だよと。

「私、そんなに掃除するの好きじゃないし。。。」

その言葉に戦慄が走る。

本当に毎日雑巾掛けをした様な綺麗な部屋を、このあまり掃除が好きではないと言う女性が1人で状態を維持しているのであれば、、

彼女は1人でこの部屋で、何か強い力に縛られ、好きでもない掃除を、寝る間を惜しんでしているのか。

昨日も、今日も、明日も、いつ来るか分からぬ来客の為に、または寝る以外は掃除をしている自分の為に、綺麗に保つ部屋。彼女を掃除に駆り立てるものはなんなのか。

妄想が走る。

彼女は本当にここに居るのだろうか。居場所は有るのだろうか。

部屋意外は全て汚染空間で、私はいつも汚染されて帰ってくる。汚染される覚悟で外に出てゆく。

そして、帰って来たら、シャワーを浴びて体を清め、部屋を掃除するのだ。



本当に埃1つ、シワひとつなき部屋。

帰り際の玄関で、改めて見ても、埃の無いその空間で、ふと見上げた玄関扉のドアクローザー。

彼女の身長では少し手の届きにくい、それの奥の方を指でなぞる。ベタついた感触が指先に伝わる。


しまった。軽率だった。。


人差し指に薄らとだけ、黒い埃が纏う。


決して見られては行けない、埃の存在に気づいた私の表情とその指先。それは決して彼女に見せてはいけない。


彼女が静止して佇む気配を背後に感じる。


時はもどらない。恐る恐る彼女の方に振り返る。


彼女はこちらを直視している。


ドアクローザーの隅に残された、わずかな部分だけが唯一残された彼女の自由であったはずなのに。そんな所にまで人間達は不用意に土足で上がり込む。


彼女はこちらを直立不動で見ている。


この完璧な部屋の、掃除嫌いの彼女にとっての、唯一の安寧と抵抗の場所がそこにあり、それは次の瞬間にはもう消えていくのだ。


「みつけられちゃったね、ホコリ。」


それは、少しホッとした様な笑顔にもみえた。
まるで何かに解放されたかの様な。
またはその表情の下に深く、深く沈んだ澱のようなものが、薄らと揺れたように。

この部屋は何によって「綺麗」に保たれるのか。
見つけられた埃、また「綺麗」に拭き取られていくのか。毎日、毎日、毎日、毎日と。

天井、壁、隅、角、床、ひとつひとつ丁寧に潰されていく、埃のある場所。


「綺麗で幸せな部屋作り」の為に。。。


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