今はただ自分のことだけに自分を使いたい。

さよならの季節が近づいている。
僕が大学で非常勤講師として5−6年関わってきて、大体が3,4回生と遊ぶような講義をしてきた。毎年、卒展で彼らの頑張りを見て飲み屋で飲んで送り出す。何人の学生と関わったのか、前職でも合計で20人近くのインターンを受け入れてきた。みんな、それぞれ頑張っている。活躍を見ると嬉しさがすごい。

そこにおじさんも負けられまい!として日々奮闘している。しんどくなったら酒でも奢って馬鹿騒ぎしよう。死ななければOK!みたいなことしか言わないおじさんである。彼らから見て、最近面白いことしてないなと思われるのが一番いや。だから、俺も頑張るし、全力で遊ぶ。

京都の卒展行脚して、関わりある学生たちの作品を見て、アァ本当にさよならだなと思った。ブワーッと雪が吹き荒れた風景を見て、工事が進むキャンパスを眺めてタバコをふかす。20代の原石みたいなやつらとワイワイするのは、もうこれで最後な気がしている。本能的にだけど。

大学がいやでとかではないし、学生との関わりが面倒なわけではない。
ムッチャおもろいし、儲からないけど彼らとの会話は楽しさしかない。
みんなどこかぶっ壊れてるし、それでもしっかり立っているのを見ると昔の自分を見ているようで励まされる。

なんか自分が卒業する感じに近い。
どうしても大学の講義では、しっかりしたことを言ってる自分がいて気持ち悪い感じがあった。しっかりしてないけど。なんかどこか完成された人がその経験と知識を若い人に注いでいるような世界観があって、自分には早すぎたなとずっと思っている。現場の声を聞かせるという意味ではすごい価値があった気があする。でも現場は常に変わり続ける。もっと根本的な体力を与えるには僕にはまだ早い。

エブリデイ青二才ってずーっと思っている。
大学では先生なんかすごい人っていう空気がある。
あれになれるとマジで危ないと思っている。もちろんいい先生めっちゃいる。
それを見てると俺まだあかんやろって常々思う。

純粋にもっとトライしたいことがあって、限られた時間それに注ぎたいという思いが一番でかい。やりきった卒制みるとなおさら思う。大人になると仕事以外で自分ごとをやりきることって本当少なくなる。僕は30代のうちにできることは全部やっておきたい。どうせ40代になったら別のやりたいことがあるだろうから、やりたいなーをそのままにしたくない。

いつでもワクワクしていたいのだ。願わくばその挑戦やら失敗やらを次の若い子が見て学んで自分のものとしていってもらえるのであれば、それがいちばんん教育とか後に続く人のためになるのかもしれないと思っている。

戦いの最前線にいて、後ろは見ていられない。
無様に散るもよし、勇ましい背中を見せれるもよし。
今はただ自分のことだけに自分を使いたい。

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まいにちノート

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