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3ヶ月後の自分と3割の余白を意識してたら、なんだかんだ生きていける

毎日、3ヶ月後の今日のことを考えるようにして1週間がたった。
今日だと12月9日のことを考えている。その時、自分・会社はどうなっていたいかを考えるのだ。依頼を受ける来年の計画で慌ただしくしていたい。

であれば、残り3ヶ月でできることを考えると今日の行動が変わるシンプルな人の法則だなと思った。想像できないことは実現しない。
つまり、想像すれば実現できる。
それってのは行動をイメージできるからなんだと思う。

いつもこうやって自分で試して、実感を得たものを日記に書く。
この日記に書くという行為も自分の中に定着させる儀式のようになっている。テスト勉強で書いて覚えるに近い。リマインド。


土日の大学の講義でなぜか筋肉痛だ。
そんな運動なんてない。なんでだろうと考えていると多分地声でやっているからだ。出来るだけ講義でマイクは使いたくない。なのでゼミくらいの講義が一番好きだ。マイク越しは一つのフィルターだ。ステージとお客さん、そんな構図にどうしてもなってしまう。

なので地声で教室に届けようとすると、腹から声を出す。
身振り手振りも大きくなる。それが2日合計で10時間ある。半分は応援する時間だけど。首から肩、腹、手にかけて重たい。上半身を使うのが講義なのだなと体を持って感じる。あと加齢も。


講義レポートは予定よりだいぶ早く設定する。
仕事でもそうだが70%あたりを目指して、締切の時間を決める。
トラブルが必ずあるし、70%設定で見事到達できた人も実は残された30%をブラッシュアップなどに使えるから。

個人差を吸収するセーフティーネットでありながら、トラブルに対しても対応できる。昨日はプリンターのトラブルがあったが、予定通り終わることができた。いつ頃から覚えたのか知らないが処世術として僕に定着している。

新人の頃はこれがわからなかった。
とりあえず全力投球を繰り返すだけ。なんだけど、それは僕が若い頃の時代性だなとも思う。あの頃のものを今の若い世代に体験してほしいとはあまり思わない。デスクとデスクのあいだから、ペラッペラの知らないおじさんが顔を出すなんていう幻覚が見えるくらい追い込まれていた。軽い精神疾患だ。うちの社員からは出したくない。

なので、どのように70%をコントロールするか。
それは自分の器を把握させるが最初だなと思う。ある作業の締切を宣言させる。それに向かって作業してもらう。早くできる・ぴったりできる・遅くなった。それを把握する。自分自身を見込む力を育てると「そろそろ危険水域だな」とかの把握ができるようになるはずだ。

うちのスタッフは僕より地頭いい子が多いのでできそうな気がする。
残り30%の保険で仕事を苦しまず向き合ってほしいしスムーズにいけば自分の挑戦に使ってほしい。


さて、月曜日。
直近の自分の忙しさを眺めている。危険水域である。
プロジェクトたくさんと展示企画1本、トークイベントの進行に、無限に湧く出張、出張撮影、レクチャーに、サイン計画の仕込み、コンコンのオープン、弊社の引越し。新しいことは10月の自分に任せるとして9月はこれらで潰されないようにテトリスのようにパズルゲーム化していく。

90%くらいだろうか。仕事はマックスでも70%までしかいれてない。
展示やトークの企画といった仕事の周辺のものは余白で実行している。
もしこれが仕事で90%だったら、僕はつまらない大人になってしまうのだなと思う。今日は自分を律するルールについての日記でした。

さて、打ち合わせ。

いただいたお金は子どもに本でも買おうかと思ってます。