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🔄リロード

完全に休日に飽きている。何が理由かわからないが吹き出物すら出てきた。
退屈のストレスなのかなんなのか。思い出せるストレスといえば楽しみにしていたDAYS GONEがただのお使い退屈ゲーだったことくらいだ。なんなら時折、びびらされるし。

家でゴロゴロするのも、腰が痛くなるレベルになってきたので子供達と散歩に出かける。自転車の空気が抜けていたのでついでに自転車屋さんに立ち寄る。
商店街を歩いて公園で子供たちが遊ぶ。数秒で息子は知らない子と友達になる。すごい才能だ。そういう力って努力とかではなく天性のものだなと思う。

風がちょうどよく、子供たちのジュースでも買いにぶらぶらとコンビニを探し出す。おじいちゃん、おばあちゃんがデートをしてる。おばちゃん、おじちゃんが商いの話をしている。お母さんと赤ちゃんがニコニコしている。柴犬がへっへっへと笑顔で尻尾を振っている。平和そのもの。

夕方まで子供達を眺める。子供を待つ親たちはみんなスマホをいじっていた。
散歩のときはスマホを置いていくからボーッとするしかない。風がザザッと吹いて太陽の光が少しずつ傾いていく。木々の影は風に合わせてざわめいて、子供達の表情は毎秒コロコロ変わる。

退屈について考えていた。
SNSやYoutubeは、人が持て余す大いなる退屈を駆逐していったのだなと思った。何かを待つ時、移動する時、目的のない時間にスマホは多くの暇つぶしを提供してくれる。

スマホの画面には答えがたくさんあるのかもしれない。
目の前の風景には問いがたくさんあるのかもしれない。

更新し尽くしたSNSをリロードして、最新の今を読み込む感じは、目の前の風景の変化や子供の言葉を熟考することに近いのかもしれない。リロードするたびに無思考のまま、新たな今が届くのだからワンスクロールの方が楽ちんだな。

でもそれってどんどん自問する機会を失うことになるのだろう。
なんで公園のベンチはこんな隙間があるんだろう。現実の世界のリロードは問いの発見だと思った。

滑り台の角度ってどう決まってるのだろう。
リロード。
この公園には子供を見守る以外の老人もたくさんいるのはなんでだろう。
リロード。
今の時代って公園の水飲まないのかな?
リロード。
水を買うってのが当たり前の世代だから飲まないのかな。
リロード…

果てしなく僕しかいないタイムラインは埋まっていく。
パパーと娘に話しかけられて日が暮れていることに気づく。もう18時だ。
さて、帰ろうかーと知らない道を探して帰る。

今日の晩御飯何かなぁ〜
そんな平和な会話で家路をたどる。
入れたはずの自転車の空気はもう空っぽ。これはパンクだ。
休み疲れは僕だけじゃなく自転車にもきていた。

いただいたお金は子どもに本でも買おうかと思ってます。