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たくさんの「好き」を持つ、たくさんの「場所」へいく

デザインやクリエイティブとか、そういったゾーンを生業としていると、よし新しいことをスタートしよう!考えるとき、どうせなら自分が好きなことを、関心があることを、と選択しがちだったりする。

例えば、デザインの仕事をしていて、デザイナーに向けたメディアを作ろう!と発想したときに既に母数を自分のような人たちに限定し、結果的に広がりが身内に止まりがちになる。

これがデザインの仕事をしていて、私は野菜が好きだ!という着想でデザインされた八百屋を開いたとすると広がりが変わる。デザインの接触範囲と誰もが食べる野菜の接触範囲の掛け算で想像より広域な接触面を獲得できる。

めちゃくちゃシンプルなんだけど、自分のスキルと自分の関心を少し俯瞰してみることで新たな可能性を開拓することができる簡単な方法だったりする。

みんながみんなそうではないが、割と日本人は自己を知る時間が少ない。僕はプランナーという職種だったので、自分ではない誰かに憑依して想像する時間が多分にあった。そのとき、本来の僕自身とは距離が置かれて自分を感じることができるので役得だったりする。

僕は音楽が好きで、読書が好き、それで生まれたのが夜の図書館を舞台にした静寂の演奏会「CALM」だったり、それ以外にも今やりたいなと思ってることは、ゴミとプロダクトデザインで新しいプロジェクトを考えていたりする。

常に自分は好きだなと思うことは誰もが理解してると思う。
それが通常とは違う場や状況、感情と出会った時に自分の好きなことをかけあわせるとどんなスケールが生まれるか想像するとワクワクする。これが僕はもう癖になっていて寝る前とかに考え出すとねれなくなる。

魅力的なプロジェクトを見てると、作り手の想いや着想が手に取るようにわかる。そういった多くの着想を得る簡単な方法は、たくさんの好きを持つということと、無数の知らない場や状況に身を投じることなんだと思う。

よし、君は落語を見にいこう。あなたはハードコアのイベントにいきなさい。では私はあの街の奇祭を見にいこうというぐらい、社員の未踏な状況や場へ送り出していきたい。それはいつか僕やチームの大きな想像力に直結すると思っている。

どうせならワクワクし続けていたいしね。
生きてる間に出来るだけ多くのものを知りたいよね。

Photo by Sebastian Voortman from Pexels

いただいたお金は子どもに本でも買おうかと思ってます。