生きながら10代に葬られて〜正しい青春を送れなかった人へ〜第23話

入った美術サークルの新歓コンパがあるというので、高田馬場駅前のビックボックスに来た。一人でぼんやり立っているところに、入部の時に説明をしてくれた部長の姿を見つけてホッとする。部長は文学部の3年生で、美術史を学んでいるという。そして、男なのに女のように細かった。徐々に人が集まってきて、部長が人数確認をする。
「じゃあ、移動しまーす!」
そう大声を出して、みんなでぞろぞろ居酒屋へ向かう。私は近くにいた人と、それとなく自己紹介する。私以外にも、他の大学から来ている人がいることを知って安堵した。別に私はおかしい存在ではない。

居酒屋に入ると、予約していた席に通される。目の前に突き出されるお通し。美術サークルだからだろうか、特にこれといった盛り上がりのない新歓コンパだった。
少し離れた席では、違うサークルの人が、
「イッキしまーす!」
などと叫んでいる。
そんな彼らを横目にして、私たちはただ、ボソボソと近くの人と会話を繰り出すだけだった。近くに座った女性と話しながら、なるべく会話を盛り上げようと思い、頑張って笑顔で話す。私は近くの席の相手はなにが好きで、なにを考えているのかをまさぐりながら、話し続けた。
新歓コンパが始まって、2時間、会は終わりを迎えた。新歓コンパにきた人、全てが入部するとは限らないみたいだ。今日会ったばかりの知らない人たちに、「お疲れ様でした」を言い、茨城の実家まで、1時間半揺られて帰った。

短大の授業は真面目に出ていた。私は友達がいないので、代わりに返事をしてもらうこともできないし、ノートを見せてもらうこともできない。単位が取れるかどうかは自分がちゃんと授業に出ているかどうかだ。コツコツとノートを取りながら、授業が終わったら、サークルに行って絵を描こうと考えていた。それを考えていたら、退屈な授業もなんとかやり過ごせた。

授業が終わった後、まっすぐにW大学に向かう。お腹が減ったので、途中でパンを買った。私は肩で風をきってサークルに向かう。これからが本当の授業の気がした。今の私は絵を描くために生きていて、それ以外のことはしたくなかった。高校生の時から履いている紺のコンバースで大地を蹴飛ばして、大きな顔をして歩いた。

部室は地下にある。W大学にはたくさんの立て看板や、ポスターが貼られていて、猥雑な感じがした。まるで、地下の秘密基地のようだ。いろいろなところにいろいろなサークルが乱立していて、迷路みたいになっている。
私は覚えたての美術サークルに入り、一言、
「こんにちは」
と挨拶する。
新歓コンパで見知った顔がいて、同じように挨拶をしてくれた。みんなおもいおもいにすごしていて、絵を描いている人はいなかった。部室にあるギターを弾いたり、雑談をしたりしている。隅っこの方で、大きな板に絵を描いている人見つけた。
「それ、なんの絵ですか?」
筆を止めて、部員の男性が答えてくれた。
「ああ、部員勧誘の立て看。よかったら少し手伝ってよ。この下書きのところを青く塗るだけだから」
そう言って、絵を指し示した。
「やります!」
私は元気よく答えて、カバンを置いた。
自分に色ぬりを任せられたことが嬉しくてしょうがなかった。
男性は私が絵を塗り始めると、自分の仕事は終わったかのように、他の部員と喋り出した。
私は寂しいなと感じながら、色ぬりを続けた。
1時間くらいして、休憩していると、部員の女性にノートを渡された。
「これ、サークルのノート。連絡事項はここに書いてあるから、時々目を通してね」
重要事項というより、仲間内の連絡ノートのようで、「金曜日に飲み会をやるので、参加する人、名前を書いてね!」だとか、「〇〇さん、この間の千円返すので、水曜日に来れたらきてください」など書いてあった。
パラパラめくっていると
「そうそう、再来週に交流会で、みんなでロッジに泊まるんだけど、小林さんも来る?」
と声をかけられた。
私は、友達のいない寂しさから、二つ返事で
「行きます!」
と答えた。
「じゃあ、そのノートの一番新しいところに、参加者募集しているから、名前書いといて。参加費は五千円だから」
そう言われて、ページをパラパラめくり、名前を書き込む。中学でいじめに遭い、高校で友達を作らなかった私が、すごい進歩だ。今まで、スケジュール帳にはHIV訴訟を支える会の予定くらいしか書き込まれていなかったのに、急に華やかな予定が入った。私は小躍りしながら、ロッジに泊まりに行く日を楽しみにしていた。

土曜日のお昼過ぎ、みんなで、駅で待ち合わせをして、電車に乗り込む。駅からバスに乗り、ロッジに向かう。みんなと一緒にスーパーでお酒やジュース、お菓子を買い込む。こういうことに慣れていないので、胸がワクワクする。ロッジに着くと、みんなで乾杯をした。大学生になったら、コミュニケーションの一環として、酒が入る。とにかくみんなよく飲む。女の子は甘いお酒を飲んでいた。一人でグイグイ飲んでいると、部長に話しかけられた。話しているうちに、映画の話になり、とても盛り上がった。部長は映画が好きらしく、かなりの数を見ていた。
私は部長が口に出す映画を全て見ていたので、彼は
「小林さん、すごいね」
とちょっと驚いた顔をして言った。気がつくと、二人だけになって、話していた。黒澤明、ゴダール、チャップリン、映画の話は、映画の数だけある。その時に、側にいた男の人が、
「うげえええええ」
と言って戻してしまった。お酒を急激に飲んだからだろうか。部長は、素早く、その人を抱え込み、顔を横にした。
「こうすると、喉に詰まらないから」
私は感心してしまった。長年の飲み会によって学んだ知識なのだろうか。
そして、
「水を持ってくるから、小林さん、ちょっと彼を頼む」
そう言って、私はゲロまみれの彼を膝の上に乗せた。酔って戻す人を初めて見たショックで私は呆然としていた。部長はペットボトルの水を持ってきた。私の膝の上から少し頭を起こし、ゲロを吐いた人は水を飲み始めた。
ふと顔を上げると、床の上で、男女が絡み合っていた。ロッジに備え付けてある布団をかぶっているのだが、二人とも相当に酔っていて、興奮しているようだった。
「ちょっと、やめなよ」
誰かが制する。
「もう、仕方ねーよ。誰かコンドーム持ってねえの?」
男性が立ち上がり、バックからコンドームを出して、布団の中の二人に渡す。
「他にも借りてるロッジあるだろ、そっちに移動してもらって」
男女二人はもつれ合って、笑いながら、別のロッジに消えた。私は目の前で起こったことが信じられなくて、頭の中が沸騰しそうだった。私は男性と付き合ったことも、手を握ったこともない。その場の勢いで、セックスしてしまう男女がいるのにも驚いたし、このサークルはそういうところなのかと、疑ってしまう。しかし、その男女が消えると、また、普通にみんなは飲み始めた。気がつくと、時計は2時を指していて、私はうとうとしてきた。ゲロを吐いた男性は隅っこで寝息を立てていた。私も適当なところを見つけて横になった。なんだか、今日はいろんなことがたくさんあった。私はみんなの話し声をバックコーラスに眠りについた。

明け方目を覚ますと、体の上に、ジャンパーが掛けられていた。誰のだろうと、手に取ると、それは部長のだった。私はなんだか胸がドキドキした。こういうそっとした優しさを私は男性から受けたことがない。私は部長にジャンパーを返すために、部長の姿を探した。ロッジの中にはいないようで、数人が外に出ている気配がした。私も靴をはいて外に出る。少し歩くと、部長が朝もやの中に立っていた。
「部長」
そう呼ぶと、部長はタバコをくゆらせながら、ゆっくりとこちらを見た。
「あの、これ、返します」
私は手にしていたジャンパーを突っ返す。少し、私とジャンパーを見て、部長は口を開いた。
「まだ、寒いから、着てていいよ」
私はなんだか、モゴモゴしてしまった。
「じゃあ、着ます」
そう言って、ジャンパーに腕を通す。ジャンパーはとても大きくて、ブカブカだった。たったそれだけのことが、私は女で部長は男であるということを教えてくれた。
「ちょっと散歩してきます」
私は行くあてもないのに、スタスタと歩き出した。部長のタバコの煙は朝靄の中に消え、私はずっとこのジャンパーを着ていたくて仕方がなかった。


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生きながら10代に葬られ〜正しい青春を送れなかった人へ〜

いじめ、学級崩壊、全く幸せじゃなかった10代。恋愛したり、友達と海に行くとかそういったことができなかった人に読んでもらいたい。
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