生きながら10代に葬られ〜正しい青春を送れなかった人へ〜第31話

もうすぐ就活なので、冬休みに入る前に、バイトを辞めようと思い、その旨をコンビニの店長に告げると、
「そういうのは一ヶ月前に言ってもらわないと困るんだよ。今から辞めるのは、シフトの関係で無理だね。あと一ヶ月は働いてもらうから」
とぶっきらぼうに言われた。辞めるのは2週間あとなのだが、伝えるのが遅すぎたようだ。
「え、でも、冬休みは定期を買わないので、ここまで来れないです。交通費が出ないですし。働きにきてもお金になりません」
私がそういうと、
「じゃあ、一日2回シフトに入ってよ。そうしたら交通費が一日分で済むでしょ」
それは確かにそうだけれど、午後の2時から夜10時までは長すぎる。休憩が一度あるとはいえ、8時間ぶっ続けだ。私は断りたかったけれど、断る勇気が出なくて、引き受けることにした。今思うと、このままバックれてしまうという手もあったかもしれない。私はただのバイトであるし、交通費も出ない悪い雇用条件で働かせているのは向こうなのだ。しかし、もともと低い自己評価の上に、部長に振られたショックから、私は自分の自信のなさに拍車がかかっていて、断ることができなくなっていた。頭の中には「私はゴミ」という単語がぐるぐると渦巻いていた。

冬休みに入り、週一回、バイトに行く。部長との思い出ばかりが詰まった高田馬場を歩くのは息苦しかった。早稲田通りのコンビニでいつものようにエプロンをつけ、レジに入る。今日のシフトは初めて一緒になる人だった。その男の人は、このコンビニの店長の妻のマネージャーと仲が良いらしく、休日に一緒に食事に行っているという噂があった。その男はシフトなのに、全く働こうとせず、コンビニの前でタバコを吸い、友達と立ち話していた。私は1人でレジを打ち続ける。しばらくして、店内に入ってきたので、レジを変わってくれるのかな、と思ったら、バックヤードに友達を連れて入り、ずっとおしゃべりをしていた。バックヤードに店以外の人を入れるのは厳禁なのに。結局、その男の人は、一度もレジに立たず、仕事を何もせず、私は4時間レジを打ちっぱなしだった。足と腰が痛くてたまらない。夕方になり、二回めのシフトになる。私は廃棄の卵をパックから出して、ゴミ箱に捨てていた。しかし、苛立ちが全身を襲い、卵をゴミ箱の底に投げつけた。殻が割れ、カシャンと白身と黄味が飛び出る。その音と光景を眺めていたら、幾分スッキリして、私は卵を投げ続けた。カシャン、カシャン、カシャン、カシャン。白いからから無様に中身が飛び散るたびに私は思った。この卵は私だ。私もこうやって破壊されたい。卵を破壊し終わると、パンの廃棄になり、袋から出したパンを投げつけるように捨てた。ボスッ、ボスッ、ボスッ。死んじゃえ、死んじゃえ、みんな死んじゃえ。そんなことを思いながら、ゴミ箱の廃棄の食品と私は向かい合っていた。ゴミの人間がゴミを捨てるのはとても滑稽だった。私たちは誰からも必要とされていない。

学校からもらった案内を見ていると、うちの短大でも資格が取れるのを知った。学芸員、中学教師の免許。そういえば、部長も教職免許を取ると言っていた。私も将来のために何か資格を取りたいと思うのだが、親に資格を取りたいと言い出せなかった。
どうせ、また父に「そんな金がどこにあると思うんだ!」と言われるだろうし、母だっていい顔をしないだろう。けれど、資格を取りたい。別に教師になりたいわけじゃないけど、資格を持っていた方が、面接の時は何かと有利だ。けれど、親にこれ以上、お金を無心する勇気が出ない。一生を決める時なのに、私は親が怒ると思うと、自分の将来を良いものにする行動が起こせなくなった。最近仲良くなった子が、教職免許を取ると言っていたのを思い出した。私はその子と自分の境遇の差を思って、自分が不憫になった。

就活を始めるため、スーツを買いに行った。就活のスーツは多分、真っ黒なのがいいと思われるのだが、私はそのスーツが喪服のようで暗い気がして、グレーに白のストライプが入ったスーツにした。思えば、スーツ選びから私は失敗していた。そんな個性的な人間を取る企業はあまりいない。私は就活の仕方がわからなかった。学校で誰が就活の仕方を教えてくれるのかわからないし、そういった授業があるわけでもない。多分、友達同士で情報を共有していくと思うのだが、千夏ちゃんは就職しないと言う。私はたった1人で就活をすることになった。

自分がどこで働きたいか、と言うことをよく考えると、やはり、漫画に関わる仕事がしたいと思った。一番好きな出版社は青林堂だった。私は青林堂に新卒の採用はあるのかどうかの手紙を書いた。返事が来たが、今年度は募集していないとのことだった。私は落ち込みながら、青林堂から手紙がきたことが少し嬉しかった。

春になり、いよいよ就活は本格化して来た。私はとりあえず、会社の説明を聞きたいと思い、合同説明会に繰り出すようになる。いろいろな会社があり、見ていると、おもちゃの会社が目に止まる。私は子供っぽいところがあるので、大人になったいまでもおもちゃが好きだ。大手の子会社の説明を聞く。しかし、すでにここで面接が始まっているらしく、簡単なテストがあった。私この簡単なテストがあまりできなかった。全く準備をしていないので、テストの傾向がわからない。説明を受けた会社からは連絡がこなかった。

大手の印刷会社の面接を受けにいくことにした。採用人数が多いので、ここならと思ったのだ。面接の待合室に通されると、なぜか男女別だった。まさか、いまの時代でも、男女別にしているところがあるのかと驚いた。私は落ちるだろうな、と予感した。テレビで、女性の面接をするときに、男性社員たちが女性の顔で合否を決めるとニュースでやっていたのだ。この会社が顔で決めているのかどうかわからないが、私は落ちた。

私は就活の時に、一切、メイクをしていなかった。化粧は個人の趣味でするものだと思っていて、女性の社会常識だと言う概念がなかったのだ。しかし、就活メイクという言葉があることを思うと、メイクは必要なのだろう。メイクをしないですっぴんで面接を受けていた私は、ことごとく、面接に落ちた。1人で就活をしているので、何が悪いのかもわからない。誰かに就活にはメイクが必須だよ、と言ってもらいたかった。しかし、元を正すと、女性にだけ、なぜ化粧が必要なのだろう。学校の課題にも出てこないのに、必ずやらなければならないと暗に決められている。私にはその暗黙のルールが理解できない。
良い大学を出ているわけでもなく、とびきり化粧がうまくて美人でもない私をとってくれる就職先はなかった。
時々、校門付近で、千夏ちゃんと仲良しで話だけしたことがある子たちに会うと、
「聞いてー!内定5つももらっちゃった!」
と笑顔で報告された。その子はとびきりスタイルが良く、美人だった。私はそんなことはないと思い込んでいたのだけれど、女性は容姿で選ばれるのではないかと思うようになった。

学校に来る求人票はどれも月給が安かった。15万や14万の文字が踊っているのが目に入る。17万の仕事があり、どんな仕事がわからないけれど、会社説明会に行くことにした。しかし、その会社説明会は怪しさが満載であった。会社の事業内容を一切説明せず、会社がやっている海外のボランティア活動を紹介するだけなのだ。そして、激しい圧迫面接。私は恐怖のあまり泣いた。私は会社の内装や、説明会の様子を見て、ここは宗教団体なのではないかという思いを持つようになった。私が内定をもらったのは、この宗教団体だけだった。私は考えた末、内定を蹴った。そして、実際に、数十年後に末広さんから「エリコが面接した会社、宗教団体だったよ」教えてもらった。

就活はさっぱり上手くいかず、失恋の痛手もあり、毎日気分は沈んでいた。頭の中で考えてしまうのは、部長のことばかりだった。部長のことを考えると憂鬱になり、生きていることを後悔ばかりした。自分が死ぬ姿を想像して、傷を癒していた。
ある日、髪の長い、小柄な女の子に話しかけられた。真子ちゃんというその子は、服装はコンサバで普通の女の子だったが、読んでいる本が少し違っていた。「佐川くんの手紙」だとか、「東京ルシファー」だとかそんなのを読んでいて、「将来は作家になりたい」と言っていた。多分、彼女は学校で浮いている私を見て興味を持ったのだと思う。何回かお昼休みを一緒に食べた。その時に、彼女が私がブラジャーをしてないと知って、ひどく驚いた。
「え!ブラジャーしてないの?それはやばいでしょ。絶対つけなきゃダメだって!」
目を丸くして驚く真子ちゃんに向かって私はいう。
「いいよ、私にはブラジャー必要ないもん」
私はペタンコの胸に手を置いた。
私は薬の副作用で、高校の時から体重が5キロも増えていた。それでも、胸は膨らまない。
「小さいサイズのブラジャー買えばいいじゃん。今日、学校終わったら買いに行こう!」
真子ちゃんに押し切られて、私はブラジャーを買いに行くことにした。

学校を出て、山手線に乗り、池袋に向かう。真子ちゃんはその店でいつもブラジャーを買うらしい。サンシャインのビルに入ると、たくさんのテナントがある。真子ちゃんは一目散に下着の店に入った。
「あ、これ、可愛いー」
真子ちゃんは薄いピンクのレースがついたブラジャーを手にしていた。初めて入った下着やさんはピンクや薄い水色や紫の色が舞っていて、綺麗なレースがヒラヒラしていた。美しい蝶がそこいら中で羽ばたいているみたいだった。
私は店員さんに胸のサイズを測ってもらった。アンダーとトップの差があまりない私の胸に合うブラジャーはあるのだろうか。
「うーん、AAカップですかね」
AAカップとは、Aカップよりもしたらしい。そうか、私の胸はそんなに小さいのか。奥から店員さんがAAカップのブラを出して来る。真っ白なブラには白いレースがヒラヒラしていた。それを試着するのだが、まだカップに余裕がある。
店員さんはいろんな形とサイズのブラをあっちこっちから引っ張り出して、私の胸に合わせてくれた。真子ちゃんは、「この色はちょっとなー」などブラにダメ出しをしていた。
最終的に私の胸にあったのは、AAAカップの黄色のブラだった。
「黄色かー」
真子ちゃんは残念そうだった。
「でも、そんな派手な黄色じゃないし、レースも上品だからいいんじゃない」
私はあまり欲しくなかったが、せっかく選んだのだからと3千円出してそれを買った。ブラ一枚でCD一枚が買えてしまう。ブラジャーって高いんだと初めて知った。

「せっかくだから洋服も見て行こうよ」
そういう真子ちゃんについて歩く。明らかに若い子が好きそうな派手な店に入る。いや、私も19歳なので、まだ若いのだが。この頃、キャミソールワンピが流行していて、お店にはそればかりが置いてあった。ピンク、赤、白、肩をがっつり出したデザインをみると気後れしてしまう。
「ねえ、エリコ、これ着てみてよ!」
真子ちゃんが手にしているのは紫の地に黒のレースがあしらわれたワンピースだった。
「いや、こういうのはちょっと」
私が尻込みすると、
「とりあえず、試着してみてよ!」
私は、しぶしぶ試着室に入った。いつも来ているタンクトップを脱いで、素肌のままキャミソールワンピを身につける。鏡に映った姿を見ると、そこまで変でもなかった。そんなに嫌味な感じもしなくて、普通に愛らしい女の子がいた。
カーテンを開けると真子ちゃんがいて、
「わー!似合うじゃん。エリコは身長高くて、スタイルがいいからそういうのがいいと思うよ」
値段を見たら、意外と安く、5000円くらいだったので、買うことにした。このワンピースを着たら部長はなんと思うのだろうか、とふと思ったが、すぐにシャットダウンさせた。部長のことを考えると頭には「死」が浮かぶ。買い物をしてなんとなく、気分が上がった。真子ちゃんとバイバイして、家に帰った。

夏を迎え、就活がおしまいの人はおしまいだが、私は終わっていなかった。けれど、どうやっても受からないし、就活仲間もいないので、どうしたらいいかわからない私は、動くことができなかった。学校にくる求人票を眺めて、たまに会社説明会に行くものの、あまり切迫した気持ちにならなかった。私はなんとなく、自分の人生を諦めていた。私がこれから輝かしい季節を送れるとは少しも思っていなかったのだ。


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生きながら10代に葬られ〜正しい青春を送れなかった人へ〜

いじめ、学級崩壊、全く幸せじゃなかった10代。恋愛したり、友達と海に行くとかそういったことができなかった人に読んでもらいたい。
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